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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

映画にとってインターネットとは何か

映画にとってインターネットとは何か(6)  Jホラー・ネットロア・モビリティ

レンタルビデオショップから見える風景 たまにはパソコン画面から離れて、街のレンタルビデオショップに出かけてみよう。DVDがずらりと並んだ棚を見渡してみると、インターネットで「インターネットを扱った映画」を検索した時とはまったく異なる風景が広が…

映画にとってインターネットとは何か(5) ニューメディアと幽霊

この連載は、現在わたしが制作を進めている新作長編映画『落ちた影/Drop Shadow』(仮)の制作ノートです。neoneo webでの連載「Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論」で展開した現実空間の場所論では扱うことのできなかった、人間の活動空間としてのインタ…

映画にとってインターネットとは何か(4) ネットワーク殺人ゲームへの招待

グレゴリー・ホブリット『ブラックサイト』 2008年にグレゴリー・ホブリットが制作した『ブラックサイト』は、インターネットの動画中継を利用した公開殺人事件を描いたサスペンス映画だ。 サイバー犯罪の取り締まりを担当するFBIの捜査官ジェニファーはある…

映画にとってインターネットとは何か(3) 身近な犯罪、遠い分身

デヴィッド・スレイド『ハードキャンディ』 日本で問題となった「オヤジ狩り」に想を得てデヴィッド・スレイドが制作した映画『ハードキャンディ』(2005年)は、30代のフォトグラファー・ジェフと14歳の少女ヘイリーが出会い系サイトでチャットをしているシ…

映画にとってインターネットとは何か(2) 1995年、二つのハッカー映画

アーウィン・ウィンクラー『ザ・インターネット』 1995年、Windows95の発売によってインターネットが一般家庭に急速に普及し、社会現象ともなったこの年、アーウィン・ウィンクラー監督がその名も『ザ・インターネット』(原題「The Net」)というフィルムを…

映画にとってインターネットとは何か(1) デヴィッド・フィンチャーへの不満

この連載は、現在わたしが制作を進めている新作長編映画『落ちた影/Drop Shadow』(仮)の制作ノートです。neoneo webでの連載「Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論」で展開した現実空間の場所論では扱うことのできなかった、人間の活動空間としてのインタ…