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ネットドキュメンタリーの画期/デヴィッド・ファリアー、ディラン・リーヴ『くすぐり』2016年


TICKLED: In Cinemas August 19th

 

ニュージーランドの人気テレビ記者デヴィッド・ファリアーが、ネットにアップされた「くすぐり我慢大会」の動画を目にしたことを発端とするドキュメンタリー。デヴィッドは、動画を製作した企業ジェーン・オブライエン・メディア(JOM)にメールで取材を申し込むが、JOMからの返信は「同性愛者の記者とは関わりたくない」「ゲイ野郎」といった罵詈雑言だった。不可解な対応にむしろ興味をそそられたデヴィッドがJOMの調査を進めると、多額の報酬によるくすぐり動画への出演交渉、動画の無断公開や出演者への嫌がらせメール、訴訟をちらつかせた脅しなど、次々と新たな謎と問題が浮上してくる。


『くすぐり』は、日本では2016年11月にNetflixで配信され、まさに「事実は小説より奇なり」を体現するようなノンフィクションのミステリーとして大きな注目を浴びた。しかしその現実離れした展開以上に重要なのは、制作者デイビッドの当事者性と主観性が前面に押し出されたフィルムであるという点だ。


これまでネットを題材としたドキュメンタリーは、スティーブ・ジョブズマーク・ザッカーバーグなど間違いなく歴史に残るパイオニアたちの伝記もの、巨大企業やアダルトサイトの実態に迫るものなどが大半を占めており、そこでは報道番組的な客観性が重視されていた。一方、デヴィッド・ファリアーの制作姿勢は『ゆきゆきて、神軍』(1987年)の原一男や『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)のマイケル・ムーアなど、体当たり取材を厭わない映画作家たちの系譜に連なる。観客はデヴィッドの視点から事件を見つめることによって、ネット上の誹謗中傷やメールでの脅迫といった事柄により身近な恐怖を覚え、証言者たちの言葉も他人事ではなく感じられるだろう。とりわけ、くすぐり動画や誹謗中傷を拡散された出演者が周囲から白い目で見られたり、所属するスポーツチームを解雇されるなど、大きく人生を狂わされた過去を語るシーンが印象に残る。

 

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