ハイコンテクストなネットユーザー描写『いぬやしき』(佐藤信介、2018年)
奥浩哉による同名コミックを原作とするSFアクション。UFOの墜落現場に居合わせたことで全身をサイボーグ化されたサラリーマン・犬屋敷と高校生・獅子神の戦いを描く。
獅子神と彼の母を誹謗中傷するネットユーザーたちが無残に殺されたり、そこで最初の犠牲者となる2ちゃんねらーが「いかにもオタク」といった紋切り型の風貌であるなど、ネット文化やオタク文化に対する挑発的な表現が散見される。君塚良一の脚本作(『踊る大捜査線』シリーズや『誰も守ってくれない』など)と同様、ネットユーザー蔑視であるとの批判が集中しそうなものだが、そうなっていないのは、これらの描写のいずれもが原作の忠実な再現だからだろう。奥浩哉は作品の内外でしばしば2ちゃんねる批判をおこなうことで知られており、映画化に先行する原作コミックやアニメ版の公開時点で、すでに奥のネットユーザー描写に関する話題や批判はほぼ出尽くしていたと言って良い。
加えて『いぬやしき』のネットユーザー描写をめぐっては、たんなる対立関係に収まらない奇妙なコミュニケーションが生まれていた。奥は上述した2ちゃんねらーを実在する人物(ニコ生主として知られるニートスズキ)をモデルとして描写。さらには『いぬやしき』のアニメ版(フジテレビ、2017年)で2ちゃんねらー役の声優を一般公募し、ニートスズキ自身が応募して落選するなど、双方が『いぬやしき』のネットユーザー描写をネタ化して楽しむという事態が起きたのだ。
映画版『いぬやしき』のネットユーザー描写はあくまで紋切り型の表現に留まっており、数あるネット映画のなかで特筆すべきものではない。しかし作り手と受け手のあいだで上記のような共犯関係があったことを踏まえなければ、『いぬやしき』と君塚良一脚本作の受容のされ方の違いを説明することはできない。とりわけ後世から顧みるときには、両者の差異を画面上のみから判断することは困難だろう。