映画にとってインターネットとは何か(9) 検索編・補遺
インターネットを扱った映画の分類
第1回から8回までの考察をもとにして、以下のようにインターネットを扱った映画の「型」を便宜的に分類・整理してみた。今回はこれを踏まえて、まだ紹介できていないいくつかの型を補足的に取り上げることにしよう。
03 出会い系ドラマ > 悩み相談系
インターネットを通じた出会いのドラマを描くフィルムは、大別すると、物語の序盤に出会いが訪れるもの(導入系)と、第7回で取り上げたように、出会いを終盤まで引き延ばしたり、最後まで出会えない人びとを描くもの(すれ違い系)があるが、そこにもうひとつ、〈悩み相談系〉とでも言うべき項目を加えておきたい。
実のところ〈悩み相談系〉に該当する作品はごく僅かであり、とてもひとつのジャンルを形成しているとは言いがたいのだが、わたしが具体的に想定しているのは『電車男』(村上正典、2005年)と『痴漢男』(寺内幸太郎、2005年)の二作である。どちらも匿名掲示板「2ちゃんねる」への書き込みがもとになったフィルムで、映画のみならず、同名の書籍やテレビドラマ、ラジオドラマや漫画など数々の派生作品がつくられている。
『電車男』では、冴えないオタクの男性が電車内で酔っぱらいに絡まれていた女性を救い、お礼としてエルメスのティーカップをプレゼントされる。しかし彼はそれにどう対応して良いか分からず、インターネットの匿名掲示板(「2ちゃんねる」ではなく、架空のサイトに変更されている)に助けを求める。そこで、この話に興味を持ったスレッドの住人たちは、男のことを「電車男」、彼が電車内で知り合った女を「エルメス」と呼び、真面目なアドバイスや冷やかしを交えながら、二人の恋を後押しするのだ。
本作は、(1)電車男がその日起きた出来事や事件をスレッドに報告し、(2)次にとるべき行動を相談、(3)スレッドの住人がアドバイスやツッコミを入れ、(4)それを踏まえて電車男が行動する、という流れを反復しながら物語が進行していく。スレッドの住人それぞれの素顔や日常生活が描写されることもあるが、原則として彼らが電車男とエルメスの関係に直接介入することはない。電車男だけが現実空間と情報空間を結びつける接点となっているのだ。そのため本作におけるインターネットは、漫画などにしばしば見られる「天使と悪魔が論争する」描写を思わせるような、電車男のプライヴェートな心の内を覗ける場所として描かれることになるだろう。その結果、原作となった2ちゃんねるのスレッドには存在した、誰でもアクセスが可能であるが故に当事者にも読まれ得るという危険性や緊張感は、やんわりと覆い隠されている。
04 伝記ドラマ
第1回で取り上げた『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー、2010年)はFacebookの創始者マーク・ザッカーバーグの半生を描いたフィルムであったが、これ以外にもIT業界の先駆者たちの伝記映画は数多くつくられている。
例えば1999年には、アップルのスティーヴ・ジョブズとマイクロソフトのビル・ゲイツの確執をフィクションのドラマとして描いた『バトル・オブ・シリコンバレー』(マ-ティン・バ-ク)がテレビ放映され、2013年には、ジョブズ公認の評伝『スティーブ・ジョブズ』(原題「Steve Jobs: The Exclusive Biography」、ウォルター・アイザクソン、2011年)に基づいた伝記映画『スティーブ・ジョブズ』(ジョシュア・マイケル・スターン)が公開されている。両作共に、自宅ガレージでのアップル社創業、ペプシコーラ事業担当社長の引き抜き、リドリー・スコットによるCM「1984」公開といった「伝説的」エピソードが作中に散りばめられており、その描かれ方の違いを比べてみるのも一興であろう。他にも、フェイクの予告編から発展して長編映画した『iSteve』(ライアン・ペレス、2013年)が無料でウェブ公開されたり、2015年にダニー・ボイルによる新たなジョブズの伝記映画の公開が予定されていたりと、ジョブズの破天荒な人生は現在も格好の題材となり続けている。
1999年にジョー・チャペルが制作した『ザ・ハッカー』は、ハッカー(クラッカー)のケビン・ミトニック逮捕に貢献したコンピュータ・セキュリティ専門家・下村努の活躍を描いたノンフィクション『テイクダウン――若き天才日本人学者vs超大物ハッカー』(下村努、ジョン・マーコフ共著、1996年)を原作とする。一応実際に起きた出来事に基づいているとは言え、『サイバーネット』を思わせる派手な視覚効果やいかにもサスペンス映画といった趣の物語展開が取り入れられており、原作を知らなければ決して伝記映画とは気づかないだろう。
2010年には、ネット支払い処理会社PaycomやePassportの事業を興した企業家クリストファー・マリックの経験にもとづいて脚本が書かれたコメディ・サスペンス『ミドルメン/アダルト業界でネットを変えた男たち』(ジョージ・ギャロ)が公開された。そのタイトルが示すとおり、アップルやマイクロソフトの華やかな伝説と比べると語られることの少ない、インターネット黎明期のアダルト業界の暗部が描かれているが、プロデューサーとして自ら製作に携わったマリックがePassportの顧客から盗んだ金を制作資金にしたことで批難を浴びるという、皮肉な運命を辿ることになったフィルムである。
ザッカーバーグにせよジョブズにせよ、彼らが見せる独特な身振りや語り口はIT業界の象徴となっており、時として、パソコン画面やインターネット利用の様子を直接見せることよりも遥かに雄弁にその時代におけるインターネットのイメージを喚起させる。それ故、『ソーシャル・ネットワーク』でザッカーバーグを演じたジェシー・アイゼンバーグや『スティーブ・ジョブズ』でジョブズを演じたアシュトン・ カッチャーにも、一個人の生き様の解釈や再現という域を超えて、ある種の「時代精神」を体現した身振りや語り口が求められることになるだろう。伝記映画および自伝・評伝にもとづいたドラマに限らず、『サベイランス―監視―』(ピーター・ハウイット、2001年)や『マンモス――世界最大のSNSを創った男』(ラーシュ・ヨンソン、2011年)などのフィクション映画にも、ジョブズなどIT業界人を思わせる身振りや語り口の人物たちが登場する。そうした描写からは、正しいか間違っているかはともかくとして、IT業界やインターネットの世界について映画制作者たちが抱く(紋切り型の)イメージの一端を読み取ることができるだろう。
06 隠喩としてのインターネット
第3回で取り上げた『アバター』(ジェームズ・キャメロン、2009年)や「マトリックス」三部作(ラリー(ラナ)&アンディ・ウォシャウスキー、1999〜2003年)のように、作中の世界観を、インターネットのありよう(『アバター』なら「セカンドライフ」的な3D仮想世界)の隠喩としてつくりあげたフィルムも存在する。ただし本論では、具体的なインターネット利用の描写がある映画を主な考察対象としているため、これらの作品群について深く踏み込むことはしない。
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また、インターネットを隠喩的に描くと言っても、どこまでをそれに該当するものと看做すかは難しい問題である。例えば押井守による初の実写映画『アヴァロン』(2001年)は近未来のオンラインゲームを描いたフィルムであるが、これを「映画とインターネット」の関係性において捉えることははたして適切だろうか。ARPANETを前身とする狭義の「インターネット」という語の意味を超えて、コンピュータを利用したネットワーク全般を考察対象とするならば、取り扱うべき作品の数は跳ね上がり、その意味も拡散してしまうだろう。『アヴァロン』に関しても、『バイオハザード』(ポール・W・S・アンダーソン、2002年)『オブリビオン』(ジョセフ・コシンスキー、2013年)などと共に「デジタル・ゲーム」の文脈から見るべきかもしれないし、『トロン』(スティーブン・リズバーガー、1982年)や『ヴァーチャル・ウォーズ』(ブレッド・レナード、1992年)などと共に「ヴァーチャル・リアリティ(VR)」の文脈で見たほうが良いのかもしれないが、いずれにせよ、本作をインターネットと関連づけて論じる必要はそれほどないと思われる。
07 インターネット連動型映画
これも本論の趣旨とは少々ずれるが、広報活動や製作過程にインターネットが深く関わり合っている映画についても触れておこう。もしかすると「映画とインターネット」と聞いて、大多数の人びとが真っ先に想像するのはこれらの作品群かもしれない。
テレビ番組やインターネットを利用した広報戦略で成功を収めた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(ダニエル・マイリック、エドゥアルド・サンチェス、1999年)を先駆けとして、2000年代以降の映画はしばしば本編と連動したウェブサイトやアカウントを開設してきた。例えば本編の内容と関連する海中油田事故を報じた架空のニュース番組をYouTubeにアップして話題となった『クローバーフィールド/HAKAISHA』(マット・リーヴス、2008年)や、試写会で観賞中のツイートまでも推奨して口コミ(?)による宣伝効果を狙った『SUPER8/スーパーエイト』(J・J・エイブラムス、2011年)、近年では架空のテーマパークの公式ウェブサイトを立ち上げた『ジュラシック・ワールド』(コリン・トレボロウ、2015年)などが挙げられる。
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映画の製作過程にインターネットを組み込んだフィルムの先駆けは、岩井俊二が2001年に制作した『リリイ・シュシュのすべて』だろう。岩井はインターネット上に誰でも投稿可能な掲示板「Lilyholic」を立ち上げ、他の参加者たちに混ざってパスカルというハンドルネームで『リリイ・シュシュのすべて』の原型となる物語を書き込んでいく。完成したフィルムにはその掲示板に書き込まれた有象無象の言葉がテロップで表示され、実写で撮られたフィクションの世界と文字で書かれたノンフィクションの世界がかさなり合うような、奇妙な映画体験が生み出されることになった。
2011年にケヴィン・マクドナルドが制作した『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』も記憶に新しい。本作は、「2010年7月24日に撮られた映像」という括りで世界各国から公募で集められた8万本・計4500時間もの映像を約95分の長編映画にまとめたもので、現在もYouTubeで全編を観ることができる。また本作から派生した企画として、東日本大震災から一年後の2012年3月11日に撮られた映像を公募・編集した『JAPAN IN A DAY ジャパン イン ア デイ』(フィリップ・マーティン、成田岳)も2012年に公開されている。
その他、直接的に作品内容に関わるわけではないが、クラウドファンディングによって資金を集めた映画も多くつくられている。当然のことながら、どんな企画に対しても満足のいく支援がおこなわれるわけではなく、人びとの趣味・趣向、またインターネットという場所独特の価値観に適合した企画を立てる必要があるし、資金調達後も出資者たちの期待に沿うことが求められたり、事前に確約した特典(メールマガジンや関連商品・上映チケットなど)を用意する必要があるなど、クラウドファンディング特有の苦労があるようだ。そうした事柄は、良くも悪くも、完成する映画の内容や出来にも無視できない影響を与えているだろう。
……さて、まだまだ論じることのできていない作品や論点は多々残っていますが、元よりすべてを網羅することはできません。そんなわけで、ひとまずここでひと区切りとして、本連載の第一部「検索編」を終えることにします。少し間を置いて、次回からはより詳細な表現技法や問題点に踏み込んだ「解析編」を始めるつもりで準備を進めていますので、どうぞご期待ください。ここまでおつき合いいただいた読者のみなさま、ありがとうございました。