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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

ハイコンテクストなネットユーザー描写『いぬやしき』(佐藤信介、2018年)


映画『いぬやしき』【予告】4月20日(金)公開

 

奥浩哉による同名コミックを原作とするSFアクション。UFOの墜落現場に居合わせたことで全身をサイボーグ化されたサラリーマン・犬屋敷と高校生・獅子神の戦いを描く。

 

獅子神と彼の母を誹謗中傷するネットユーザーたちが無残に殺されたり、そこで最初の犠牲者となる2ちゃんねらーが「いかにもオタク」といった紋切り型の風貌であるなど、ネット文化やオタク文化に対する挑発的な表現が散見される。君塚良一の脚本作(『踊る大捜査線』シリーズや『誰も守ってくれない』など)と同様、ネットユーザー蔑視であるとの批判が集中しそうなものだが、そうなっていないのは、これらの描写のいずれもが原作の忠実な再現だからだろう。奥浩哉は作品の内外でしばしば2ちゃんねる批判をおこなうことで知られており、映画化に先行する原作コミックやアニメ版の公開時点で、すでに奥のネットユーザー描写に関する話題や批判はほぼ出尽くしていたと言って良い。

 

加えて『いぬやしき』のネットユーザー描写をめぐっては、たんなる対立関係に収まらない奇妙なコミュニケーションが生まれていた。奥は上述した2ちゃんねらーを実在する人物(ニコ生主として知られるニートスズキ)をモデルとして描写。さらには『いぬやしき』のアニメ版(フジテレビ、2017年)で2ちゃんねらー役の声優を一般公募し、ニートスズキ自身が応募して落選するなど、双方が『いぬやしき』のネットユーザー描写をネタ化して楽しむという事態が起きたのだ。

 

映画版『いぬやしき』のネットユーザー描写はあくまで紋切り型の表現に留まっており、数あるネット映画のなかで特筆すべきものではない。しかし作り手と受け手のあいだで上記のような共犯関係があったことを踏まえなければ、『いぬやしき』と君塚良一脚本作の受容のされ方の違いを説明することはできない。とりわけ後世から顧みるときには、両者の差異を画面上のみから判断することは困難だろう。

 

 

ライアン・クー『アマチュア』2018年


Amateur | Official Trailer [HD] | Netflix

 

14歳にしてバスケの名門校にスカウトされた少年テロンが、ディスカリキュリア(算数障害)や家庭の貧困、チームメイトからの疎外や大人たちの身勝手な期待に苦しみつつも、スター選手を目指して成長していく姿を描いたNetflixオリジナル映画。


人生が左右される重要な局面で、常に傍にあるのがスマホソーシャルメディアだ。テロンは試合や舞台裏のライブ配信によって一躍スター選手として注目を集めるが、同じスマホで世話になっているコーチの不正を暴き、自らもチームから除名されてしまう。そして彼にプロ契約のオファーがきた際も、「コートだけでなくソーシャルメディアでの活躍」」が期待されるのである。

 

www.netflix.com

 

 

アカン・サタイェフ『持たざるものが全てを奪う HACKER』2015年


映画 『 持たざるものが全てを奪う HACKER 』 劇場用公式予告

 

 幼い頃からパソコンに慣れ親しみ、ネットで学費を稼いでいたアレックスは、母の失業によって大金が必要になり、ハッカー集団「ダークウェブ」の斡旋で闇ビジネスに参入。偶然知り合った転売のエキスパート・サイとコンビを組んで荒稼ぎする。自信をつけたアレックスは、母を解雇した銀行への復讐を画策する。USBメモリでコンピュータウイルスを送り込む計画は未遂に終わるが、ダークウェブの頭ゼッドから賞賛されて名声を獲得。評判を聞いてコンタクトしてきたハッカー・キーラも仲間に加わり、さらに大規模な犯罪に手を染めていく。


「現実に起きた事件に基づく」という触れ込みの通り、クレジットカードの不正利用や高額商品の転売、銀行員の目を盗みコンピュータに直接USBメモリを差し込んでのハッキングなど、地に足のついた犯罪描写にこだわりが感じられる。

 

 

ミチョ・ルターレ『ソーシャル・キラー 金曜日のネットストーカー』2016年


ソーシャル・キラー 金曜日のネットストーカー(字幕版) - Trailer

 

とある大学で、SNSで「@bleed_you」というアカウントからフォローされた人物が毎週金曜日に謎の死を遂げる事件が発生。学生のナビラは、ネットやパソコンに詳しい友人エリックと共に「@bleed_you」の正体を突き止めようとする。


ネット炎上のトラウマを抱え、スマホではなくガラケーを持ち歩いているナビラ。演説中の失態を動画で拡散され、晒し者になっているダン。ダンの殺害現場の写真をSNSで拡散し、多くのフォロワーを獲得するシェルトン……というように、登場人物それぞれがSNSに対して異なる距離感で接していることを丁寧に描いており、ネット社会の実相を捉まえようとする制作者たちの気概が窺える。しかしそれらの描写が物語の焦点をぼかし、冗長さを招いていることも否めない。


また本作の背景には、「follow Friday」と呼ばれる英語圏の習慣(金曜日に「#followfriday」「#ff」などのタグを付けてTwitterのお勧めフォロワーを紹介する)があるが、その予備知識がなければ「毎週金曜日に起きる殺人」というアイデアにもピンと来ないだろう。ネット映画に付きまとうハイコンテクストの問題を痛感させられる作品。

 

 

仁同正明『死の実況中継 劇場版』2014年


「死の実況中継 劇場版」予告編

 

乃木坂46主演のホラー映画シリーズ「乃木坂46×最恐都市伝説」の第1弾(第2弾は『デスブログ 劇場版』、第3弾は『杉沢村都市伝説 劇場版』)。

 

能條愛未演じる歩は高校時代にイジメを受けていたが、友人の依子が身代わりになることで救われ、いまは大学の映画サークルに入って新たな友人たちと過ごしている。ある日、サークルでホラー映画を撮ろうという話が持ち上がった。題材は、ネットの見知らぬURLをクリックすると赤い服の女が映し出され、彼女が殺しにやって来るという都市伝説「死の実況中継」。ホラーが好きでない歩もしぶしぶ協力するが、やがて「死の実況中継」が現実のものとなって彼女らに襲いかかる。


映画サークルという設定を利用し、赤い服の女を撮影・配信しているのは誰なのかと問うような自己言及的な台詞や叙述トリックが導入されているが、思いつきの域を出ておらず、映画の「恐怖」にも「サスペンス」にも貢献していない。

 

死の実況中継 劇場版 [DVD]

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ネット映画の側面から見た『ちはやふる -結び-』(小泉徳宏、2018年)


「ちはやふる -結び-」予告

 

末次由紀による人気漫画の実写映画化第3作。この10年の日本映画の到達点という感じで素晴らしかった。大げさでなく、ついにデジタルシネマに固有な文体が発見された!と言いたくなるような高揚感を味わった。

 

……と、その根拠を丁寧に書いていく余裕が今はないので、ひとまず備忘録として「ネット映画」の側面から見た『ちはやふる -結び-』について記しておく。


音楽を担当した横山克ツイッターで「「緊張感をコントロールする」という事を試みています。試合の緊張感で心拍数が上がったり下がったりする効果を劇場でこそ出せる低い音で狙ってます」と語っているように(https://twitter.com/masaruyokoyama/status/974885521565532160)、本作の魅力は映画/競技かるたのリズムをつくりだすためにこそ、すべての音とイメージが動員されている点にある。


美しい声を持つキャストの起用(広瀬すず新田真剣佑野村周平上白石萌音松岡茉優……)、説明台詞でも耳に馴染む言葉選び、観衆のざわつきやカルタの跳ねる音から無音への切り替え、空間的な広がりのあるBGMとそれに対応する光に満ちた画面設計、スローモーションやアニメーションの大胆な導入……といった主要素はもちろんのこと、競技を配信するウェブ動画上に視聴者のコメントが流れていくショットも見逃せない。各自が内面を吐露するナレーションの速度、百人一首の歌が詠み上げられる速度に加え、映画の観客が文字を追うことによってうまれる速度までもが導入され、映画のリズムチェンジに貢献している。

 

ライバル同士である太一と新がLINEでメッセージを交換するシーンでも、それまで多くの音や声に満たされていた世界が静寂に包まれ、まさに「無言の会話」が繰り広げられる。観客にテキストを読ませることが、映画のリズムにアクセントをつけることにつながっているのである。

 

従来のネット描写において、スクリーン上のテキストを読ませることは、意図せぬ冗長さを招いたり、観客の視聴負担を増大させるなど、負の側面が目立つことのほうが多かった。しかし『ちはやふる -結び-』は、そうした遅延を逆手にとってリズムチェンジに応用し、グルーブを生み出す手法を発明してみせたのだ。

 

映画『ちはやふる』完全本 ―上の句・下の句・結び―

映画『ちはやふる』完全本 ―上の句・下の句・結び―

 

 

永江二朗『ツイッターの呪い』2011年


ツイッターの呪い(予告編)

 

タイトルの通り、Twitterを題材にした全5話のオムニバス。


とある廃墟に出かけた若者たちに異変が起こりツイートが途絶えた事件(第1話「実況肝試し」)、フォローされた人間が22日後に命を落とすと噂されるアカウント(第2話「呪いのフォロー」)、死後もツイートを続けて女性に粘着するストーカー(第3話「死者からのつぶやき」)、Twitterで見知らぬ他人から偽の除霊方法を教わった男に起きた災難(第4話「友人」)、Twitter悪魔崇拝にのめりこむ息子を捜索する父親(第5話「呪いのつぶやき」)といった事件に対し、映画の製作陣が独自取材を試みるという体裁をとる。


タイムラインやDM(ダイレクトメッセージ)など、Twitterの仕組みや機能についての手厚い解説を加えていく親切設計だが、そのぶん話の流れが弛緩してしまうという、実在するSNSを扱った映画にありがちな問題点を本作も踏襲してしまっている。「現実にあってもおかしくない」ようなリアリティーを重視するあまり、恐怖描写が控えめなのもマイナス点。

 

ツイッターの呪い

ツイッターの呪い