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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

ラファエル・フリードマン『WTF』2014年


『WTF』映画オリジナル予告編

 

スケッチと呼ばれる過激なイタズラ動画で知られるフランス人、レミ・ガイヤールが本人役で主演したコメディ。サッカーの出場選手のふりをして試合前の国歌斉唱に参加したり、着ぐるみ姿で警察にちょっかいをかけたりと、定職にもつかずやりたい放題を続けていたガイヤールだったが、恋人にイタズラ動画の制作を止めるよう言われ、平凡なセールスマンとして腑抜けた生活を送ることになる。


映画は上記のようなドラマパートと、普段のイタズラ動画を紹介するパートとで構成されている。ガイヤールの犯罪すれすれな行動にはただでさえ多くの批判が寄せられているが、恋人や仲間たちが迷惑を蒙り、苦悩する姿が描かれるドラマパートが挟まれることで、イタズラの迷惑さが却って強調され、笑うに笑えない重苦しさがつきまとう。『スモッシュ』(2015年)や『ヘイターはお断り!』(2016年)と同様、YouTuber的な美学と映画の美学が容易には相容れぬものであることを証明してしまっている一例である。

 

タイトルは「What the fuck」を意味するネットスラング

 

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フィリップ・ユン『チャットガールズ ~微交少女~』2014年


Super Girls - Heidi 李靜儀 《May We Chat 微交少女 》電影預告

 

1982年の不良少年・少女を描いた香港映画『靚妹仔』(英題「Lonely Fifteen」、デヴィッド・ライ)の娘世代を描いた続編。メッセンジャーアプリ「WeChat」(微信)でゆるやかにつながる少女たちが、仲間の一人ヤンの失踪事件をきっかけに、各自が自覚していた以上の固い絆を確認する。


ヤンを探すワイ・ワイとイー・ジーは、スマホを肌身離さず持ち歩き、テキスト、ボイスメッセージ、電話、スタンプ、写真添付などを巧みに使い分けてやりとりする。We Chatを事件解決の重要なアイテムとするのでもなければ、最新テクノロジーを物珍しげに眺めるのでもなく、対面して会話する、電話をかけるといった日常のありふれた行為と同等の扱いで作中に登場させているのが素晴らしい。特に聴覚障害を抱えているワイ・ワイは、スマホを高度に身体化することによって、言葉を発することができないハンデを感じさせないほどの円滑なコミュニケーションをしてみせるのである。

 

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君塚良一にとってインターネットとは何か

 

TAMAFLE BOOK 『ザ・シネマハスラー』

TAMAFLE BOOK 『ザ・シネマハスラー』

 

 

映画におけるインターネット描写に関して、ひときわ悪名高い人物が君塚良一だ。ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルで盛大な『誰も守ってくれない』(2009年)批判が繰り広げられた影響もあって、若者やネットを嫌悪し、よく知ろうともせぬまま偏見で糾弾する悪しき脚本家・映画監督であるというイメージが拡散し、映画評論ブログでもしばしば批判や揶揄の対象なっている。

 

では、これほど多くの反感を買う君塚のネット描写とはどのようなものなのか。実際にそれほどひどいものなのだろうか。代表作と言える三つの映画を見てみよう。

 


踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!

 

テレビドラマと映画の双方で数多くのヒット作を手がける君塚のキャリアの中でも、特に大きな成功を収めたのが、脚本を担当した『踊る大捜査線』シリーズである。

 

劇場版第一作『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』(本広克行、1998年)では、湾岸署管轄の川で水死体が上がり、胃の中からはクマのぬいぐるみが発見される。青島刑事らは、被害者がバーチャルな殺人を楽しむウェブサイト「仮想殺人事件ファイル」のチャットに頻繁に参加していたことを突き止め、サイトの管理人Teddyにコンタクトをとる。

 

Teddyの正体は殺人マニアの日向真奈美で、猟奇殺人事件に造詣が深く、犯罪者の心理を知り尽くしている。並行して捜査が進められていた副総監誘拐事件解決のため、青島が日向に協力を求める展開は『羊たちの沈黙』(1991年)そのものだが、精神科医ハンニバル・レクター博士の役どころをネット上の殺人マニアに置き換えているのが興味深い。

 

一方では、ネットユーザーを不気味で得体の知れない「社会の敵」として描く紋切り型を採用しながら、他方では、警察のプロファイリング技術を凌ぐ専門知を持つ存在として評価する。宇多丸の言葉を借りて言えば、これは君塚が世の中の人(ネットユーザー)を「馬鹿にしすぎ」であると同時に「怖がりすぎ」てもいることの結果なのかもしれないが、いずれにせよ日向真奈美というキャラクターは、単純にネット嫌悪の表出と切り捨てることのできない両義性を備えた、シリーズ屈指の存在感を放つ悪役として観客に迎えられたのである。

 


踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!

 

同じく君塚が脚本を手がけた劇場版第三作『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(本広克行、2010年)では、湾岸署の移転作業の最中に、三丁の拳銃が盗難される事件が起きる。神田署長らは内々での解決を図るが、何者かが匿名掲示板にリークしたことで事件が世間に知れ渡り、さらには盗まれた拳銃を用いた殺人事件が起きてしまう。

 

この映画に制作者の誤算があるとすれば、不祥事を隠蔽しようとした湾岸署よりも、情報を漏洩させた人物や匿名掲示板のほうが真っ当で、正義の側に立っているように見えてしまうところだろう。緊迫した状況の中にもギャグやコミカルな演出を挟み込み、上層部の小物っぷりも愛すべきキャラクターとして解釈するのは『踊る大捜査線』シリーズの魅力であり美徳であるが、そうした従来型の成功モデルは、ウィキリークス事件以後の社会状況や価値観とは齟齬をきたし、機能不全を起こしてしまうのである。

 


誰も守ってくれない

 

踊る大捜査線 THE MOVIE 3』の前年、君塚は長編映画『誰も守ってくれない』(2009年)の脚本と監督を手がけている。過去の捜査ミスのトラウマを抱える勝浦刑事が、殺人事件容疑者の妹である中学生・船村沙織を保護し、加熱するマスコミやネット上の野次馬から逃れようとする物語で、勝浦の前日譚を描いたテレビドラマ『誰も守れない』(フジテレビ系列)の放送に合わせて劇場公開がおこなわれた。

 

作中にはたびたび、匿名掲示板とそれに書き込みをする顔の見えない人々が登場する。「人殺しを許すな」「クソガキを糾弾せよ」「妹も死刑」「容疑者の家族を守る奴も同罪だ!」……容疑者だけでなく妹の沙織や勝浦刑事をもターゲットに加え、本名や顔写真、住所などあらゆる個人情報を暴き立てていく。匿名の悪意は止まることを知らず、関係者の自宅や避難先に押しかけてプレッシャーをかけたり、盗撮や暴行事件に及びさえするのである。

 

宇多丸が指摘するように、ネットユーザーのいかにもオタクなファッションや風貌、美少女アニメキャラのシールを貼りたくった所持品、古臭いダイヤルアップ接続音や薄暗い部屋でのパソコン利用など、紋切り型を多用したネット描写は確かに偏見に満ちており、露悪的に過ぎると言わざるを得ない。

 

ただし現在の視点から当時を顧みると、宇多丸の批判にも一考の余地がある。

 

宇多丸は、匿名掲示板も一定のバランス感覚を備えているとした上で、加害者の家族の顔写真や住所を流出させたり、盗撮動画を公開すれば、それをおこなった者がむしろ叩かれる側になるはずだと述べ、『誰も守ってくれない』のネット描写のリアリティーの無さを指摘していた。しかし本当にそうだろうか。

 

加害者の親族どころか、本来無関係である者さえも炎上に巻き込まれ、誹謗中傷を受けたり、個人情報を拡散されることは、いまや日常茶飯事だ。逮捕者が出ても殺害予告が収まらず、自宅や関係者宅に物理的危害が加えられ、度重なる嫌がらせに精神を病む者は後を絶たない。そんな2018年のネットの「現実」と比べれば、『誰も守ってくれない』に登場する匿名掲示板への書き込み内容は、はるかに上品で、他愛のないものに見えてくる。『踊る大捜査線 THE MOVIE 3』の場合と同様、ここ10年の社会状況の変化が、作中のネット描写の意味合いを決定的に変えてしまったのだ。

 

君塚良一のネット描写は、他者を「脅かす」側を描く段では悪評通りの不味さと言わざるを得ないが、「脅かされる」側を描く段では非常な冴えを見せる。

 

勝浦刑事は、誰にも伝えていないはずの居場所が匿名掲示板に書き込まれていることを知り、今の今まで親しく会話していた目の前の知人を疑わしく感じてしまう。何者も信用できないという疑心暗鬼と、親切な知人を疑いの目で見てしまうことへの罪悪感というダブルバインドが、言葉抜きの視線と表情だけで表現されている。こうした繊細な演出をなし得たのは、まさに君塚がネットを「怖がりすぎ」ていたからにほかならない。

 

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ジョン・ファヴロー『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』2014年


映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』 予告編 2015年2月28日(土)公開

 

ジョン・ファヴロー監督・主演によるコメディ。

 

一流レストランの総料理長カールは、著名な評論家がTwitterで自分の料理を酷評していることを知り、Twitterアカウントを取得して反論する。しかし個人宛のつもりで送った罵詈雑言が一般公開になっていたため、多くの人々の目に触れて炎上。さらには、再び来店した評論家を罵る姿を盗撮した動画がYouTubeにアップされ、レストランを解雇されてしまう。カールはウェブ炎上の悪評のため次の仕事を得ることもできず鬱ぎ込むが、元妻の勧めで息子のパーシーとマイアミへ行き、そこで出会ったキューバサンドイッチの移動販売というアイデアを思いつく。


『アイアンマン』(2008年)に見られた、DIYを魅力たっぷりに描くファヴローの手腕は今作でも存分に発揮されている。中古で譲り受けたフードトラックの改修シーンはもちろんのこと、Twitterをはじめとするネット描写もその延長線上にあると言えるだろう。ネットに疎いカールが息子のパーシーに導かれて、Twitterアカウントの登録方法、リプライとDMの違いといった初歩的なところから、位置情報の紐付け、SNSを活用したマーケティングの可能性まで学んでいく展開には、いささか楽天的ながらも「初学」や「スタートアップ」の楽しみと喜びが詰まっている。

 

 

ジュリアン・アサンジとウィキリークスをめぐるノン/フィクション


「フィフス・エステート:世界から狙われた男」予告編

 

『フィフス・エステート/世界から狙われた男』(ビル・コンドン、2013年)は、イラク戦争における米軍の民間人殺傷動画やアメリカの外交公電などの公表で世界的な影響力を持つ内部告発サイト「ウィキリークス」の成立過程を描きつつ、その創始者ジュリアン・アサンジの人物像に迫るサスペンス映画だ。


ウィキリークスの元ナンバー2とされるダニエル・ドムシャイト・ベルグの視点からアサンジの常識離れした行動や思想を描き出していく物語構成は、文脈的に『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー、2010年)の二番煎じ感が否めないが、ドキュメンタリータッチのカメラワークを採用しながら、そこに『サイバーネット』(イアン・ソフトリー、1995年)的なイメージ映像や近未来的なGUIを組み込むなど、視覚的には様々な工夫が凝らされている。


しかし同作は、完成前からジュリアン・アサンジ当人に激しく批判されることになった。アサンジは独自ルートで脚本を入手し、その内容をウィキリークスで公開。『ウィキリークスの内幕』(ダニエル・ドムシャイト・ベルグ文藝春秋、2011年)と『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』(『ガーディアン』匿名取材チーム、デヴィッド・リー、ルーク・ハーディング、講談社、2011年)を原作とするこの作品は事実を歪曲しており、ウィキリークスへの敵対行為だと主張すると共に、製作・公開の中止を求めた。


対するビル・コンドンも、アサンジが映画についてコメントするシーンを終盤に盛り込んでメタ的に応戦するが、弱者に味方せず政府を利する映画は利益を上げられないというアサンジの予言通り(?)、『フィフス・エステート』は興行的には失敗に終わり、2013年のハリウッドでもっとも製作費を回収できなかった作品という不名誉を与えられてしまった。アサンジの批判や脚本のリークがこの結果にどの程度影響しているのかは定かでないが、いずれにせよ、ウィキリークスを題材とした映画自体がウィキリークスをめぐる騒動の当事者となったのである。

 


Risk - Official Trailer


ジュリアン・アサンジウィキリークスは、2017年に公開されたドキュメンタリー『リスク:ウィキリークスの真実』に対しても激しい批判を加え、公開中止を要請している。監督のローラ・ポイトラスは、2014年に『シチズンフォー スノーデンの暴露』でアカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門を受賞した映画作家で、2010年から2016年までアサンジに密着取材し、ウィキリークスの歴史を間近で見つめ続けてきた。


興味深いのは、このドキュメンタリーが『フィフス・エステート』と驚くほど似通った物語展開を見せることだ。当初のローラは、アサンジが米国務省に電話をかけて外交公電の流出を警告する場面に立ち会うなど、確かな信頼を感じさせる距離感で撮影をしているが、性的暴行容疑に対するアサンジの釈明辺りから次第に溝が生じ、両者の心的距離に比例するように、カメラポジションも遠ざかっていく。ついには、アサンジがローラに対して述べたという映画への懸念──「我々の仲違いは見せない約束だろう」「試写の後、相互の妥協点を探すつもりだ」「現時点で本作は私の自由への脅威であり、そういう認識で扱う」──が紹介され、映画は締めくくられるのである。 

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シチズンフォー スノーデンの暴露 [DVD]

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ジャヤプラカーシュ・ラーダークリシュナン『レンズの向こう側』2015年


Lens - Official Trailer | Vetri Maaran | G V Prakash Kumar | Mini Studio | Jayaprakash Radhakrishnan

 

妻を蔑ろにしてアダルトチャットに夢中のアラヴィンド。彼はある日、Facebookで「Nilly S」と名乗る女性からの友達申請を承認し、誘われるがままにSkypeチャットを開くが、その正体はヨハンという男性だった。ヨハンはアラヴィンドの弱みを握り、自分が自殺するところをライブ映像で見届けてくれと奇妙な要求をする。

 

IT大国のインドにおいて、誰もが気軽に動画を公開・閲覧できるネット社会の暗部を描いたミステリー。後半では、寝室を盗撮され、ネットで拡散された夫婦の悲劇が語られる。盗撮の犯人だけでなく、その動画データが入ったUSBを拾いウェブにアップした者、動画を気軽な気持ちで見た者たちもまた、無自覚のうちに悪質な加害者となっていることが告発される。

 

動画チャットのやりとりで物語が進行するため、画面内画面の構図が繰り返し登場する。作中人物が頻繁にノートパソコンを手に取り動かすことで、場面や構図を変えて緩急のリズムを生み出したり、フレームの外側でのアクション(相手に悟られないようにスマホを弄ったり、部屋に第三者を招き入れるなど)をミステリーに利用するなど、ウェブカメラの性質を活かしたカメラワークに工夫が見られる。

 

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園子温『紀子の食卓』2006年


紀子の食卓 予告

 

2002年に制作された『自殺サークル』のスピンオフ的な続編。『自殺サークル』のノベライズでありながら、内容を大幅に書き換えた園子温の書き下ろし小説『自殺サークル 完全版』(河出書房新社、2002年)を原作とする。

 

地方の平凡な高校生活や家族生活に不満を感じていた紀子は、お気に入りのウェブサイト「廃墟ドットコム」でミツコと名乗り、廃人5号、ろくろっ首、深夜、決壊ダム、そして上野駅54といったハンドルネームの人々と交流していた。ある日、父親に反発して家出をした紀子は、東京で上野駅54=クミコと対面し、彼女に促されて「レンタル家族」の仕事を始める。

 

依頼に応じて架空の家族を演じるレンタル家族の設定は、スタニスラフスキー・システムやメソード演技のパロディのようである。感情の爆発がむしろ空虚さを生むような演出を繰り返してきた園子温による、自己言及的・演技論的なメタ映画として見ることもできるだろう。 前作にも登場した廃墟ドットコムが物語の導入として用いられているが、その後本筋に深く関わってくることはない。生身の人間の演技が問題となる本作において、テキストベースのコミュニケーションに出る幕はないのだ。

 

紀子の食卓 プレミアム・エディション [DVD]

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