qspds996

揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

君塚良一にとってインターネットとは何か

 

TAMAFLE BOOK 『ザ・シネマハスラー』

TAMAFLE BOOK 『ザ・シネマハスラー』

 

 

映画におけるインターネット描写に関して、ひときわ悪名高い人物が君塚良一だ。ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルで盛大な『誰も守ってくれない』(2009年)批判が繰り広げられた影響もあって、若者やネットを嫌悪し、よく知ろうともせぬまま偏見で糾弾する悪しき脚本家・映画監督であるというイメージが拡散し、映画評論ブログでもしばしば批判や揶揄の対象なっている。

 

では、これほど多くの反感を買う君塚のネット描写とはどのようなものなのか。実際にそれほどひどいものなのだろうか。代表作と言える三つの映画を見てみよう。

 


踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!

 

テレビドラマと映画の双方で数多くのヒット作を手がける君塚のキャリアの中でも、特に大きな成功を収めたのが、脚本を担当した『踊る大捜査線』シリーズである。

 

劇場版第一作『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』(本広克行、1998年)では、湾岸署管轄の川で水死体が上がり、胃の中からはクマのぬいぐるみが発見される。青島刑事らは、被害者がバーチャルな殺人を楽しむウェブサイト「仮想殺人事件ファイル」のチャットに頻繁に参加していたことを突き止め、サイトの管理人Teddyにコンタクトをとる。

 

Teddyの正体は殺人マニアの日向真奈美で、猟奇殺人事件に造詣が深く、犯罪者の心理を知り尽くしている。並行して捜査が進められていた副総監誘拐事件解決のため、青島が日向に協力を求める展開は『羊たちの沈黙』(1991年)そのものだが、精神科医ハンニバル・レクター博士の役どころをネット上の殺人マニアに置き換えているのが興味深い。

 

一方では、ネットユーザーを不気味で得体の知れない「社会の敵」として描く紋切り型を採用しながら、他方では、警察のプロファイリング技術を凌ぐ専門知を持つ存在として評価する。宇多丸の言葉を借りて言えば、これは君塚が世の中の人(ネットユーザー)を「馬鹿にしすぎ」であると同時に「怖がりすぎ」てもいることの結果なのかもしれないが、いずれにせよ日向真奈美というキャラクターは、単純にネット嫌悪の表出と切り捨てることのできない両義性を備えた、シリーズ屈指の存在感を放つ悪役として観客に迎えられたのである。

 


踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!

 

同じく君塚が脚本を手がけた劇場版第三作『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(本広克行、2010年)では、湾岸署の移転作業の最中に、三丁の拳銃が盗難される事件が起きる。神田署長らは内々での解決を図るが、何者かが匿名掲示板にリークしたことで事件が世間に知れ渡り、さらには盗まれた拳銃を用いた殺人事件が起きてしまう。

 

この映画に制作者の誤算があるとすれば、不祥事を隠蔽しようとした湾岸署よりも、情報を漏洩させた人物や匿名掲示板のほうが真っ当で、正義の側に立っているように見えてしまうところだろう。緊迫した状況の中にもギャグやコミカルな演出を挟み込み、上層部の小物っぷりも愛すべきキャラクターとして解釈するのは『踊る大捜査線』シリーズの魅力であり美徳であるが、そうした従来型の成功モデルは、ウィキリークス事件以後の社会状況や価値観とは齟齬をきたし、機能不全を起こしてしまうのである。

 


誰も守ってくれない

 

踊る大捜査線 THE MOVIE 3』の前年、君塚は長編映画『誰も守ってくれない』(2009年)の脚本と監督を手がけている。過去の捜査ミスのトラウマを抱える勝浦刑事が、殺人事件容疑者の妹である中学生・船村沙織を保護し、加熱するマスコミやネット上の野次馬から逃れようとする物語で、勝浦の前日譚を描いたテレビドラマ『誰も守れない』(フジテレビ系列)の放送に合わせて劇場公開がおこなわれた。

 

作中にはたびたび、匿名掲示板とそれに書き込みをする顔の見えない人々が登場する。「人殺しを許すな」「クソガキを糾弾せよ」「妹も死刑」「容疑者の家族を守る奴も同罪だ!」……容疑者だけでなく妹の沙織や勝浦刑事をもターゲットに加え、本名や顔写真、住所などあらゆる個人情報を暴き立てていく。匿名の悪意は止まることを知らず、関係者の自宅や避難先に押しかけてプレッシャーをかけたり、盗撮や暴行事件に及びさえするのである。

 

宇多丸が指摘するように、ネットユーザーのいかにもオタクなファッションや風貌、美少女アニメキャラのシールを貼りたくった所持品、古臭いダイヤルアップ接続音や薄暗い部屋でのパソコン利用など、紋切り型を多用したネット描写は確かに偏見に満ちており、露悪的に過ぎると言わざるを得ない。

 

ただし現在の視点から当時を顧みると、宇多丸の批判にも一考の余地がある。

 

宇多丸は、匿名掲示板も一定のバランス感覚を備えているとした上で、加害者の家族の顔写真や住所を流出させたり、盗撮動画を公開すれば、それをおこなった者がむしろ叩かれる側になるはずだと述べ、『誰も守ってくれない』のネット描写のリアリティーの無さを指摘していた。しかし本当にそうだろうか。

 

加害者の親族どころか、本来無関係である者さえも炎上に巻き込まれ、誹謗中傷を受けたり、個人情報を拡散されることは、いまや日常茶飯事だ。逮捕者が出ても殺害予告が収まらず、自宅や関係者宅に物理的危害が加えられ、度重なる嫌がらせに精神を病む者は後を絶たない。そんな2018年のネットの「現実」と比べれば、『誰も守ってくれない』に登場する匿名掲示板への書き込み内容は、はるかに上品で、他愛のないものに見えてくる。『踊る大捜査線 THE MOVIE 3』の場合と同様、ここ10年の社会状況の変化が、作中のネット描写の意味合いを決定的に変えてしまったのだ。

 

君塚良一のネット描写は、他者を「脅かす」側を描く段では悪評通りの不味さと言わざるを得ないが、「脅かされる」側を描く段では非常な冴えを見せる。

 

勝浦刑事は、誰にも伝えていないはずの居場所が匿名掲示板に書き込まれていることを知り、今の今まで親しく会話していた目の前の知人を疑わしく感じてしまう。何者も信用できないという疑心暗鬼と、親切な知人を疑いの目で見てしまうことへの罪悪感というダブルバインドが、言葉抜きの視線と表情だけで表現されている。こうした繊細な演出をなし得たのは、まさに君塚がネットを「怖がりすぎ」ていたからにほかならない。

 

踊る大捜査線 コンプリートDVD-BOX (初回限定生産)

踊る大捜査線 コンプリートDVD-BOX (初回限定生産)