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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

マックス・ニコルズ『きみといた2日間』2014年


『きみといた2日間』映画オリジナル予告編

 

ニューヨークに暮らすメーガンは、婚約者に振られ、就活もうまくいかない閉塞した状況を変えるために出会い系サイト「ロマンス.com」に登録。そこで出会ったアレックと一夜限りのつもりで関係を持つ。翌朝、アレックの無神経な言葉に怒ったメーガンは帰宅しようとするが、夜のあいだに降り積もった大雪のせいで玄関の扉が開かず、アレックと二人、部屋に閉じ込められてしまう。


『セッション』のマイルズ・テラーと『ラブ・アゲイン』のアナリー・ティプトンが主演をつとめた恋愛劇。結婚したカップルの3分の1はネット上で知り合っており、離婚率も低い(「eHarmony」による2005年から2012年にかけての調査)と言われるアメリカの恋愛事情を反映したフィルムとして売り出された。


ネットの利用が何ら特別なことではなく、日常の一部となっている時代を鮮やかに体現するのが、メーガン役のアナリー・ティプトンが見せるずぼらなパソコン操作だ。あぐらをかいて、ノートパソコンを膝の上に乗せてみたり、寝そべって腹の上に乗せてみたり、一時的に傍に置いてワインを飲んだりと、決して安価ではない機材をひたすら雑に扱う彼女の振る舞いは、従来のネット映画の主流であった、うやうやしく椅子に座り、食い入るようにデスクトップ画面を見つめるネットユーザーのイメージを刷新している。

 

きみといた2日間(字幕版)
 

 

ジェフリー・サックス『キラーネット/殺人ゲームへようこそ』1998年

キラー・ネット?殺人ゲームへようこそ?【日本語吹替版】 [VHS]

キラー・ネット?殺人ゲームへようこそ?【日本語吹替版】 [VHS]

 

 

リンダ・ラ・プラントの脚本によるイギリスのTVドラマ・ミニシリーズ(全4話205分)。日本では113分の総集編がソフト化されている。


パソコンを愛好する大学生スコットは、テキストチャットでリッチ・ビッチを名乗る人物と会う約束をする。待ち合わせ場所に現れたのは、ウィリアム・ギブスンを愛読し、コンピュータの知識も豊富な謎めいた美女チャーリー。スコットは彼女に夢中になるが、たちまちのうちに振られてしまう。


傷心のスコットは、アダルトビデオチャットで知り合ったセクシー・セイディから「キラー・ネット」というCD-ROMを入手する。それは「ストーキング」「殺人」「死体処理」「取り調べ」の4ステージから成る完全犯罪ゲームで、一度クリアすると、次は実在する人間の個人情報を入力してよりリアルな殺人ゲームがプレイできるというものだった。


スコットは、チャーリーに弄ばれたばかりか、ネットの伝言板に悪評を流されたことへの恨みから、憂さ晴らしにキラー・ネットに彼女の名前を入力。すると現実に、チャーリーが何者かに殺害される事件が起きてしまう……。


「ゲーム感覚で殺人を犯す」とか「現実と虚構の区別がつかなくなる」というのは、大抵、デジタルゲームへの偏見に満ちた陳腐な批判にすぎない。しかし自分が初めてゲームやネットに触れたときのことを顧みるなら、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)が自分の名前を呼んでくるとか、匿名アカウントのみを介した人間関係が生まれるといった、現実と虚構の認識が(ささやかにではあるが)揺らぐような瞬間に高揚感を覚え、何かしらの背徳感を味わっていたこともまた事実だろう。1998年というネット普及期に制作された『キラーネット/殺人ゲームへようこそ』は、そうした魅力をうまくすくい取っている。


例えばキラー・ネットの起動直後、ゲームの舞台を四つの街から選べという指示が出され、スコットが暮らすブライトンの地図が表示されるとき。スコットが出来心でチャーリーの名前を入力するとき。あるいは刑事たちがパソコンの前に集い、やいのやいのと言いながら押収したキラー・ネットをプレイするとき。

 

同作は、プレイヤーの「選択」や「入力」といった行為がウェブ/ゲーム画面に如何に反映されるかを丁寧に描写する。それにより、「ボタンを押すと反応する」(さやわか)というシンプルな原理に備わる快楽が強調されると共に、そうした行為の結果として起きる殺人事件の後味の悪さも倍増するのである。 

池添博、樫原辰郎、小糸一男、里内英司『稲川淳二のショートホラーシネマ 戦慄のホラー』2003年


角川ホラーシネマⅠ 稲川淳二のショートホラーシネマ 予告編

 

稲川淳二のショートホラーシネマ」は、角川書店とジャパン・デジタル・コンテンツの共同製作による短編シリーズ。各作品の冒頭と末尾に、稲川淳二による解説が組み込まれている。


同シリーズは、デジタルコンテンツ流通会社ビットウェイを通じて配信され、自宅のパソコンやファミレス等に設置された端末「プラスe」で有料視聴することができた。計3シリーズ12作品が制作され、後にDVD化。「戦慄のホラー」では、若者のあいだで流行している事象を題材とした4作品が収録されている。


池添博が監督をつとめた「チェーンメール」では、イジメを苦に自殺した友人の名を騙ってチェーンメールを打つ女子高生3人に起きる恐怖が描かれる。当時のカメラ付きケータイの荒い解像度が鑑賞者に想像の余地を与え、死者からのチェーンメールの不気味な印象を強調することに貢献している。


樫原辰郎が監督をつとめた「山の中の忘れ物」では、出会い系サイトで知り合った女を山中に連れ込み、色よい返事をもらえなければ置き去りにして帰ることに快楽を見出していた男の末路が描かれる。「相手の顔が見えない」出会い系サイトは危険な人物と遭遇するリスクがあるというのはよく聞く教訓話だが、同作では、加害者側の男もまた「相手の顔が見えない」ために恐怖を味わうという一捻りが加えられている。

 

https://www.amazon.co.jp/dp/B00009KM2C/

白石晃士(構成・演出)『集団自殺ネット』2003年

 

集団自殺ネット [DVD]

集団自殺ネット [DVD]

 

白石晃士と演出助手の栗林忍が、自殺系サイトや自殺志願者たちに取材するフェイクドキュメンタリー。ネット上に現れては消えを繰り返し、それを見た者は希死念慮に囚われるという「奇妙な映像」の噂の真相に迫る。


最後に映し出される「妙な映像」は肩透かしだが、いかにもありそうな自殺志願者のウェブサイトやイラストギャラリー、BBSへの書き込み内容など、一瞬表示されるだけの細部の作り込みに力が入っており、2000年代初頭の日本のインターネットの空気をよく伝えている。

野口照夫『たとえ世界が終わっても Cycle soul apartment』2007年


たとえ世界が終わっても(予告編)

 

余命数年を宣告された真奈美は、自殺サイトの管理人・妙田に連絡を取り、死にたい者たち同士で集まる。ところが、妙田が見たかったテレビドラマの最終回について語り始めたことをきっかけにして、参加者たちがこの世に未練を感じ始め、結局、集団自殺は決行されなかった。真奈美は会社の屋上で一人飛び降り自殺を図るが、そこに妙田が現れ、「あなたに助けてもらいたい人がいる」と奇妙な提案を持ちかける。


短編映画や深夜ドラマで名を馳せた野口照夫の長編初監督作品。ネットの自殺サイトが「前世の記憶」をめぐる奇妙な物語世界へと観客を誘う扉となる構成は、『自殺サークル』(園子温、2002年)や『ヴァンパイア』(岩井俊二、2012年)と共通しており、それはまた、出会い系サイトをきっかけとする数多の恋愛映画の変奏でもあるだろう。

 

 

 

李相日『悪人』2010年


悪人

 

吉田修一による同名小説の映画化。佐賀で平凡な生活を送ってきた紳士服量販店員の光代と、図らずも殺人犯となってしまった長崎の土木作業員・祐一が出会い系サイトを通じて知り合い、逃避行に出る。


ジャーナリストの三浦展は、携帯電話やインターネットの普及によって、従来は繁華街や飲屋街などに限定されていた「悪所」(地域共同体の目が届かず、犯罪を誘発させやすい匿名的な空間)が各地に偏在するようになったと指摘しているが(『ファスト風土化する日本——郊外化とその病理』洋泉社、2004年)、『悪人』に描かれるのはまさにこうした悪所の問題だと言えるだろう。

 

祐一が出会い系サイトで知り合った女・佳乃を突発的に殺してしまうことも、県境の山道で事件が起きたため警察の捜査が難航することも、光代が出会い系サイトで殺人犯の祐一と出会い運命を狂わされることも、本作の重要な事件はすべて匿名的空間で起きているのである。

 

悪人 (特典DVD付2枚組) [Blu-ray]

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片岡K『インストール』2004年

 
インストール

 

不登校の女子高生・朝子は、自室にあるものすべてを処分しようと出かけたゴミ捨て場で、同じマンションに住む小学生のかずよしと出会う。かずよしは、朝子が昔祖父からもらったのだというパソコンを譲り受け、新しいOSをインストールした上で、一緒にアダルトチャットでバイトをしないかと提案。二人は「コケティッシュチャット館」というサイトで人妻「ミヤビ」に成りすまし、大人たちの世界を垣間見ていく。


綿矢りさによる同名小説の映画化。原作と同様、物語は朝子のモノローグによって進行するが、演じる上戸彩のゆったりとした語り口は、句読点が少なく一気に畳み掛けるような綿矢の文体とは異質であり、結果、朝子の人物像は大きく変わっている。他方で監督の片岡Kは、例えばチャット相手の本当の職業を推測するシーンなど、朝子の想像や妄想の内容をその都度視覚化し、場面転換の多い賑やかな印象をつくり出すことで、原作のスピード感を再現しつつ、ネット映画の視覚的地味さの問題にも対処しようとしている。

 

インストール (河出文庫)

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