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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

〈風景映画〉から〈場所映画〉へ

2014年11月に、トポフィルより『土瀝青——場所が揺らす映画』の刊行が決まりました。以下の論考「〈風景映画〉から〈場所映画〉へ」も同書に掲載していますが、刊行後もこちらのブログ記事はそのまま残しておく予定です。書籍の「試し読み」として、ご覧くださいましたら幸いです。(2014年10月18日) 

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 批評誌『ART CRITIQUE』n.04刊行記念の展覧会「メディウムの条件」(於:HAGISO、会期:2014年5月20日-6月1日)に、『土瀝青 asphalt』を出品することになりました。上映は5月26日(月)の1日のみ、18時からスタートです。

 これにあわせて、『土瀝青 asphalt』制作のための方法論である〈場所映画〉とは何かを手短かにまとめたテキストを掲載します。これは、年内にトポフィルから刊行予定の書籍に収録することを予定して書いたものですが、「揺動メディア」とはどのようなものかの説明としてもコンパクトに読めると思います。 

 

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 一 映画による場所論のために

 映画『土瀝青 asphalt』の制作動機のひとつは、現在の「郊外」と呼ばれる場所を主題とした、映画による場所論を実践に移すことである[1]。それは、すでにある映画を分析対象としてそこから「郊外的」なる表象を取り出すということではなく、また、すでにある郊外論を翻案するようにして映画の脚本を書くということでもない。映画による場所論とは、映画を撮ることそれ自体が場所論を書くことであり、その映画を見ることそれ自体が場所論を読むことであるような方法を見つけ出し、実行することである。すなわち、映画から考えるのではなく、考えて映画を撮るのでもなく、映画で考えることがしたいのだ。

 この試みのためには、映画というメディア自体、そしてそれを成立させている技術(テクノロジー)について問うことが不可欠である。

 すでに様々なところで語られているように、人間が物事を知覚し、認識し、記憶し、思考する際に、その時代に普及している技術が果たしている役割は非常に大きい。わたしたちは咄嗟にシャッターを切るようにして一瞬の出来事を脳内に焼き付けたり、まるで映画を見ているかのようにスローモーションの時間を経験したり、フォルダに分けて記憶を保存したりする。またわたしたちは、実際には訪れたことのない土地を、見知らぬ誰かによって撮影・編集された画像や映像を通して見つめ、その場所の印象を形成し、価値付けたりもしている。技術は決して副次的なものではなく、人間の認知のあらゆる局面に組み込まれており、この世界をどのように捉え、どのように関わるかということに影響を与えているのである。

 とりわけ、二〇世紀を代表する視覚メディアとしての地位を占めていた映画は、わたしたちの生にあまりにも深く浸透している。人間の生のあり方や世界のあり方を映画のアナロジーで説明しようとする論者が次々と登場してくることがその一端を示しているように[2]、わたしたちはおそらく自分自身で把握している以上に映画の影響を強く受けており、この世界と「映画的」に関わっているだろう。映画に代わってテレビ、さらにはインターネットが支配的なメディアとして普及した現在でも、メディア理論家のレフ・マノヴィッチが言うように[3]、そうしたニューメディアの中にも映画がつくりあげてきた慣習は根強く残っているのである。

 世界と映画的に関わり、映画的に見るということ。それは、映画以前の時代の人びとが持ち得なかった世界との関わり方を可能にし、新たな風景の発見を促したが、同時に、それによって見えなくなったり、見えづらくなったり、別の見方を忘れてしまったりするものがあるということでもある。当然のことながら映画は万能ではない。そもそもどのような技術であれ、どのようなメディアであれ、必ず偏向性や盲域を抱えており、常に何らかのかたちで見る対象を歪めてしまったり、何かを見落としてしまったりするのだから。

 そしてこのことは、具体的に映画を観賞・制作する時にも言えることだ。わたしたちはもはや、映画を初めて経験する観客に戻ることはできない。ある映画を見る時には必ず、これまで蓄積してきた映画体験の記憶が想起され、結びつく。わたしたちは世界を映画的に見るようにして映画を見るのである。そしてそれは、物語へのスムーズな没入や高度な文脈の読み取りを可能にする一方で、映画が前提としていることを無批判に受け入れてしまったり、偏向性や盲域に無自覚になってしまったりする危険性も伴うことになる。例えば、ある映画に記録された風景が、その撮影地がそもそもそうした場所であったからそのような風景が撮れたのか、それとも、映画が映画であるが故にそのような風景に変換されたのかを見極めるためには、映画というメディアを問うことや、映画を成立させている技術を問うこと無しには不可能だろう[4]

 

 二 風景と場所

 わたしは上記のような問題意識に基づいて、〈風景映画〉と〈場所映画〉という二つの映画制作の方法を図式化し、そのうち〈場所映画〉のほうを、映画による場所論の実践および映画『土瀝青 asphalt』制作のための方法として位置づけた。ここからは、この二つの方法について説明することにしたい。

 そもそも「風景映画」という語は、足立正生松田政男、岩淵進、野々村政行、山崎裕、佐々木守の五名によって制作された『略称・連続射殺魔』(一九六九年)や、原將人による『初国知所之天皇』(一九七三年)など、いわゆる「風景論争」に関連した諸作品にたいして用いられたものである。しかしここでは、それらの作品を参照しつつ、オットー・フリードリッヒ・ボルノウやエドワード・レルフら現象学的地理学者による場所論、柄谷行人加藤典洋による風景論、ヴィヴィアン・ソブチャックによる現象学的映画論などと付き合わせて、より抽象化した映画制作の「型」として、〈風景映画〉を定義し直している。

 さしあたって、本稿における風景と場所との関係を明らかにしておこう。

 第一に風景とは、ある場所(の経験)を対象化することによって得られるものである。ここで言う場所のことを、現象学者ならば「生きられた空間[5]」と呼ぶだろう。例えば哲学者のヨアヒム・リッターは、十五世紀のヴァントゥー山周辺の住民にとって、山は眺めるためのものではなく、「森とは材木であり、土とは耕地であり、水とは漁場」であるといったように、日々の生活に活用するためのものとしてあったと述べている[6]。身体を介して実践(プラクシス)的に関わり合うことで意味付けされているのが生きられた空間であり、場所なのである。一方リッターは、その住民たちに無意味な行為だと諌められた詩人ペトラルカによるヴァントゥー山登山の試みに、西洋における風景概念の始まり(の一端)を読み取っている。外部の視点を持った人間が、生活者としての実践的な関わり合いを超えて、ある場所を「見るもの」として美的・視覚的に見つめることによって、風景は発見されるのである。

 第二に、柄谷行人によれば、風景とは、確立されるやいなやその起源が忘却されてしまうような装置である[7]。これまでは風景として見られていなかった場所の経験も、ひとたび「見るもの」として対象化されてしまえば、それが人間によってつくられたものであるという事実が忘れられ、その風景は昔からそこにあって、ずっとそのような風景として見られ続けていたと信じられるようになるだろう。加藤典洋はこの議論を受けて、場所を対象化することによって風景が発見されることを「風景化」、そうした風景発見の経緯(起源)が忘却され、見ることの対象として一般に定着したものを「風景」と呼び、両者を区別することを提案している[8]

 さらに加藤によれば、ある場所を風景として見つめるということは、その場所から場所性を抜き取る行為である[9]。すなわち、風景化とは「没場所化」なのである。没場所化という語は、地理学者エドワード・レルフが提唱する「没場所性 placelessness[10]」の概念がもとになっている。これは「どの場所も外見ばかりか雰囲気まで同じようになってしまい、場所のアイデンティティが、どれも同じようなあたりさわりのない経験しか与えなくなってしまうほどまでに弱められてしまうこと」を意味するが、加藤の独創性は、没場所性と風景概念とをイコールで結んだことだ。場所性を持った風景と、没場所化した風景があるということではなく、風景化という行為そのものがそもそも没場所的なのである。

 

 三 風景映画

 一九八二年に柄谷行人は、「すべての写真は風景写真である」と論じている[11]風景化、すなわち場所を対象化するということは、主体(見るもの)と客体(見られるもの)とのあいだの距離を明らかにする遠近法的な見方を前提としているのであり、それは、カメラという装置の原理と密接に結びついている——「写真装置こそが"風景"装置を形成し、"内面"装置を形成してきた」——と言うのだ。そうだとすれば、写真と同様にカメラという装置が組み込まれている映画についても、「すべての映画は風景映画である」と言えるだろうか。

 おそらく現在の映画研究者の多くはこの仮説を否定するだろう。カメラという装置のみを映画全体を代表するものとして取り上げることは、全体を部分に帰せしめる還元操作であり、現像や編集といったプロセス、サウンドトラックや映写機、映画館と観客、社会的背景など、様々な要素の複合体として成立している映画の内実を見逃してしまうことになるからだ。

 しかし、映画研究の観点からすれば誤りであったとしても、そして「すべての」というのがいささか誇張表現であるにしても、映画制作者の立場からすれば、映画において対象化の装置としてのカメラが果たす役割・存在感の大きさは疑いようのないことである。また、個々の作家たちの意志や態度以前に、「ロケハン Location hunting」や「ショット Shot」など広く普及している用語からも、映画撮影とは撮るべき獲物(対象)を発見し、狙いを定め、正確にそれを打ち抜いてみせることだという暗黙の前提を読み取ることができる。

 以上のような風景・映画・場所の関係性を、ヴィヴィアン・ソブチャックの映画論[12]と、彼女の論を整理・紹介した小熊正久の論考[13]を参照しつつ図示したのが、以下の〈風景映画〉図式である。

 

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 ここで、括弧は一体的関係 embodiment relation人間と機械装置とが一体となって世界と関わり合うという関係)を示し、矢印は解釈的関係 hermeneutic relation」(機械装置を、テキストを読むようにして用いることによって、世界の事柄について知るという関係)を示している[14]

 〈風景映画〉図式では、二重の対象化が行われることになる。第一に、映画制作者はカメラと一体的関係を結び、自らが生きるその場所を「見るもの」として対象化=風景化することによって、風景としての映画を制作する。そして第二に、観客が映写機と一体的関係を結び、スクリーンに投影される映画=風景を見つめる際にも対象化が行われる。観客は、作中に起こる出来事や物語に没入し、映画世界と擬似的な一体的関係を結びつつも、同時に「私はいま映画を見ているのだ」という意識を残しており、解釈的・分析的にその映像を対象化して見つめているのだ。そして、この二つの対象化は非対称な関係を持っている。それが映画である以上、必ず映画制作者−カメラによる対象化のほうが先行し、観客−映写機による対象化が後に続くのである。すなわち、観客がスクリーンを見つめる時点ですでに第一の対象化=風景化は完了しており、どのような場所の経験(起源)からその風景が発見されたのか、どのように風景化が行われたのかというプロセスは、すでに忘却されているのだ。

 またここで、風景化と深く結びついている没場所性が、郊外批判の文脈でしばしば持ち出される概念であることも思い起こしておこう。映画でも、しばしば郊外は「均質な風景」や「場所性の失われた場所」として描かれる。しかし、仮にすべての映画が〈風景映画〉であるならば、郊外と呼ばれる土地自体が没場所性を持つから没場所的な映画が撮られるのか、それとも、映画制作という行為自体が没場所的であるために郊外に没場所性の印象が付与されるのか、容易に判断することはできなくなる。繰り返し述べてきたように、風景化が行われた時点でその起源は忘却されてしまうのだから[15]

 

 四 場所映画

 しかし実のところ、具体的な映画制作の場面において、〈風景映画〉図式は強力なものではあるが、絶対的なものではない。映画が早い段階から人間の無意識と関連付けて語られていたことが示すように、映画撮影においてカメラが記録するものすべてを意識的に対象化して捉えることは不可能であり、必ず図式から逸脱するものがある。それは、いまだ風景化されていない映像であり、映画制作者−カメラの生の営みにおいて実践的に「生きられた映像」である。その映像は事後的に観客(もしくは編集作業を行う映画制作者)によって発見され、その時に初めて風景化が行われるのである。

 こうした、生きられた映像が記録される過程を図式化すると以下のようになる。これを〈風景映画〉に対して〈場所映画〉と呼ぶことにしよう。

 

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 ここでは、〈風景映画〉にあった、映画制作者−カメラと場所との解釈的関係——すなわち見る主体と見られる客体の関係——を示す矢印が消去され、映画制作者–カメラ–場所として、三者が一体的関係を結んでいる。そうすると自動的に、第一の対象化の位置は映画制作の時点ではなく、観客がスクリーンに映る映像を目にする時点に移動する。観客はその生きられた映像と擬似的な一体的関係を結びながら、同時にそれを解釈的に見つめることによって、新たな風景を発見する可能性に開かれるのである[16]

 もちろん、完全な〈風景映画〉が有り得ないのと同様に、〈場所映画〉の完全な実現もまた不可能だ。実写で撮られたどのような映像にも〈風景映画〉と〈場所映画〉が入り交じっていると考えるべきだろう。けれども何らかの方法で、ある映像における〈場所映画〉の占める割合を増加させていくことで、いまだ自覚されていないような私たちと場所との関わり合いを記録し、事後的にそれを発見することができるのではないか。あるいは〈場所映画〉から〈風景映画〉への移行を捉えることによって、本来なら忘却されるほかない「風景の起源」を想像する手がかりが得られるのではないだろうか。

 〈場所映画〉を実践するためには、「身体図式 Schema Corporel[17]」の組み替えが必要である。それは言い換えれば、映画制作者が、対象化の装置としてのカメラと一体的関係を結ぶのではなく、異なる用途を持った道具として——すなわち、私たちがふだん実践的に生活を営んでいるなかで漫然と働いている眼の代替物として——捉え直されたカメラを身体化し、そのカメラと不可分なかたちで実践的に生きることである。そしてそのためには、「映画を撮る」という態度自体を改めなければならない。カメラを通して世界と関わることが何ら特別・特殊なことではなく、生きることそのものであるような関係を築くこと。すなわち、「映画を撮る」から「映画である」、「映画として生きる」への態度変更が求められるのである。

 

 五 揺動メディアとしての映画

 先に、映画全体を代表するものとしてカメラを捉えることの問題点について触れたが、カメラの持つポテンシャルを「対象化のための装置」としてのみ捉えることもまた、全体を部分に帰する還元操作であると言えるだろう。〈場所映画〉を実践し、生きられた映像を得るために、わたしは、カメラを視覚的な記録のために用いるのではなく、揺動を記録するための道具として用いることを試みた。言うなればそれは、映画を視覚メディアではなく、揺動メディアとして捉え直すということである。

 映画をめぐる言説は、常に〈固定されたカメラ〉の映画であることを前提としてきた。パンやティルトなどの撮影用語が示しているように、カメラを三脚に設置することを前提として、揺れやブレのない固定ショットを中心に据えることが映画制作の基本とされてきたのである。そこでは手ブレ映像は端的に言って逸脱やノイズであり、手軽に「リアリティ」や「臨場感」を得るための安易な撮影技法のひとつといった地位にまで矮小化される。揺動メディアとして映画を捉えることは、こうした前提を覆す試みであり、〈固定されたカメラ〉が見落としてきた映画の盲域、映画の潜勢力を発現させる試みである。そこでは、三脚にカメラを載せて固定することこそが逸脱であり、例外的状態と見なされる。〈揺れ動くカメラ〉の映画は、カメラも、被写体も、撮影者も、それらを支える土台としての大地も、すべてが停止することなく常に既に揺れ続けているのだという確信から出発する。

 では、〈場所映画〉実践のために、なぜ揺動メディアという概念を持ち込むことが必要なのか。それは、〈揺れ動くカメラ〉による揺動が、対象化の装置としてのカメラについて言われる特徴とは真っ向から対立し、むしろ撮影時に起こる対象化=風景化を拒む——あるいは困難にする——性質を持っているからだ。

 第一に、手ブレ映像の揺動は、ほとんど「直接的」とでも言い得る特徴を備えている。映画の揺動や振動がもたらす人体への生理的影響については古くから指摘されているが[18]、実際、激しい揺動は一部の観客に「映像酔い」の症状を引き起こし、場合によっては体調不良の原因にもなる。そうした肉体的な作用が冷静な画面の分析よりも勝ることが、手ブレ映像が所謂「臨場感」や「リアリティ」を引き起こすと言われる原因のひとつだろう。また、揺動は常に、全方向的かつゼロ距離的である。カメラの向いている方向やフレーミングには依拠せず、前後左右上下、映画制作者とカメラを取り囲むすべての世界=場所から伝えられた力が映像の揺れとして記録されるのだ。このような直接性は、一定の距離をとることで主客の分離をつくりだし、事物を一挙に捉え、対象化するカメラの機能を大きく損なわせるだろう。

 第二に、揺動は分節を拒み、フレーミングを曖昧にすることによって、主客の明確な区別や対象化をなし崩しにする。手ブレ映像は常に、カメラに揺動を伝える諸力の絡み合いの結果として現れてくる。単独の力に起因する、単一の揺動だけが記録されていることは有り得ないし、事後的にそれらを分節すること——例えば、どこまでが撮影者の身体に起因する揺れで、どこまでが周囲の環境に起因する揺れなのかを区別するといったこと——も困難である。さらに手ブレ映像は、1コマ単位で見れば、〈固定されたカメラ〉と同様にフレームとそこに記録された映像は一致しているが、動画として見ると、揺動の分だけ映像がフレームの外にはみ出て見える(図を参照)。フレームの周辺に見えたり見えなかったりする領域が生じることで、厳密なフレーミングは不可能になる。

 

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     〈固定されたカメラ〉        〈揺れ動くカメラ〉

 

 第三に、映像として記録される揺動は基本的に、事後的にしか見ることができない[19]。なぜなら、揺動の原因となる何かしらの力が働けば、記録される映像と一緒に映画制作者とカメラも揺れることになるからだ。液晶モニタを視認しながら撮影を行ったとしても、そこで見ることができるのは液晶モニタ全体の揺れであって、記録されている映像自体の揺れとは異なる。アマチュアが手持ちカメラで撮影して、後で見返してみると想像を遥かに超えて揺れやブレがひどかったというようなケースは、こうした、撮影時に見ることのできる揺動と記録された揺動の差異に原因があるだろう。このこともまた、映像の揺動そのものを対象化し、記録しようとするような試みを拒む働きをするのである[20]

 

 六 揺動性と触覚性

 以上のような揺動の特徴は、多くの点で、人間の視覚よりもむしろ触覚の働きとの類似が認められる。映画の触覚性については、事物の近接視的把握を触覚的、遠隔的把握を視覚的とした美術史家アロイス・リーグルから示唆を受けたヴァルター・ベンヤミンが、クローズアップや注意散逸(気散じ)を引き起こす短いショットの転換について論じたことが知られているが[21]、同様にして、〈揺れ動くカメラ〉による揺動に、映画の触覚性の現れを読み取っていくこともできるのではないだろうか。

 〈場所映画〉における場所概念の参照元である「生きられた世界」論を展開したモーリス・メルロ=ポンティは、西洋の伝統である眼の隠喩にこだわりながらも、そこに「接触的思考」や「眼の触診」など触覚の隠喩を持ち込んだ哲学者としても知られている。

 研究者の長滝祥司は、メルロ=ポンティが、事物を対象化して「見ること」ではなく、対象化以前・主客未然に働いている諸感覚が事物と「触れ合うこと」を強調することによって、「世界と人間との相互構成的関係」を取り出そうとしたのだと指摘している[22]。そして、この目的のためにメルロ=ポンティが導入した概念が「キアスム Chiasme」(交叉配列)である[23]。人間が自分の左手で右手に触れるとき、右手は「触れられるもの」であるが、その右手が逆に左手に「触れるもの」であると考えることもできる。このような触覚の二重感覚こそが、身体が世界を構成するものでありながら、同時に世界に起源を持つものとして、世界に内属していることを示している。身体と世界(=場所)とは同じ「肉 chair」という生地で仕立てられており、身体による世界の再構成と世界による身体の再構成は常に綿密に「交叉」し合っているのだと、メルロ=ポンティは主張するのである[24]

 キアスム概念を〈場所映画〉に接続してみよう。揺動メディアとして映画を捉え直し、対象化の装置としてのカメラではなく、対象化以前・主客未然に働いている眼の代替物としてのカメラの身体化——身体図式の組み替え——を行う。カメラを身体化した映画制作者(映画制作者−カメラ)は、揺動を通じて場所と「直接的」に関わることになる。ここで揺動は、メルロ=ポンティの言う「肉」であり、映画制作者−カメラが「揺れ動いた」記録であると同時に、世界=場所が映画制作者−カメラを「揺り動かした」記録でもあるのだ。このような映画制作者・カメラ・場所の関係を取り結ぶことができた時に初めて、図式通りの〈場所映画〉が実現したと言えるのである。

 もちろん、完全な〈場所映画〉は不可能である。けれどもこの試みによって、人間と映画の関係、映画と場所の関係、場所と人間の関係に何かしらの変化をもたらすことはできるだろう。それは、新たな風景を発見するために——より具体的には、〈郊外的環境〉を捉え直すために——必ず価値のある企てとなると信じている。



[1]詳しくは、博士論文『映画による場所論——〈郊外的環境〉を捉えるために』を参照。本稿は、『映画による場所論』から〈風景映画〉と〈場所映画〉について論じた箇所を抜粋・要約したものである。

[2]例えばヴィヴィアン・ソブチャックによる論文「The Scene of the Screen」(『Materialities of Communication』所収、スタンフォード大学出版、1994年)やベルナール・スティグレール『技術と時間3——映画の時間と難—存在の問い』(法政大学出版局2013年)など。

[3]レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語』、みすず書房2013

[4]もちろん実際に記録された風景は、このように明確な二者択一で語れるものではない。後述するように、風景化によって起源(撮影者による場所の経験)は忘却されるのであり、その起源への完全な遡行は不可能である。

[5]例えばウジェーヌ・ミンコフスキー『生きられる時間 2』(みすず書房1973年)を参照。なお、「生きられた空間」は「生きられる空間」とも訳される。

[6]ヨアヒム・リッター「風景――近代社会における美的なものの機能をめぐって」、『風景の哲学』所収、ナカニシヤ出版、2002

[8]加藤典洋「「風景」以後」、『現代思想 19929月号 特集 風景生態学』所収、青土社1992年、p.183-185p.185

[9]同上、p.183

[10]エドワード・レルフ『場所の現象学―没場所性を越えて』、ちくま学芸文庫1999

[11]柄谷行人「鏡と写真装置——予備的考察」、『写真装置#4 特集 風景写真』所収、現代書館1982

[12] Sobchack, Vivian.  The Address of the Eye,  Princeton University Press, 1992.

[13]小熊正久「映画の知覚と映画の技術—現象学の観点から—」、『メディアの哲学の構築 : 画像の役割の検討を中心として』、平成19年度-平成21年度(2007-2009)科学研究費補助金(基盤研究©)研究成果報告書、2010

[14]ソブチャックは、哲学者ドン・アイドによる機械装置の分析を参照してこの二つの関係を取り出している。

[15]大都市であれば、たとえ映画制作によって「没場所化」されたとしても、誰もが知るランドマークが写っていれば固有名が浮かぶだろう。しかし郊外は、そもそも人が集まる場所ではなく、人が住む場所である。そのように考えるならば、郊外がその土地に住む者以外には「匿名的」で「どこにでもある入れ替え可能」な風景に見えることは当然である。

[16]この図式には、編集が含まれていない。厳密な場所映画では、事後的な編集を行わない、撮影したままの映像を指す。それを編集したことでできる映画(『土瀝青』もこちらに含まれる)は、前者と区別して「場所映画」と表記する。場所映画の編集に何が起こるかについては博論で書いたが、まだ不十分である

[17]モーリス・メルロ=ポンティ『知覚の現象学 1』、みすず書房1967

[18]社会学者・権田保之助は映画の「瞬動」が児童に及ぼす生理的悪影響を危険視し、またフランスでも、映画の刺激や振動が人びとに及ぼす影響に対して「シネマトフタルミ」という病名が付けられたことがあったという。詳しくは松谷容作「震えるイメージ、硬直する身体——19世紀末〜20世紀初頭における映像と医学の関係についての一考察」(『映像学』第八四号、日本映像学会、2010年)を参照。

[19]ただし、例えば高感度撮影などによって液晶モニタに表示される映像に遅れが出る場合などは、(ほぼ)リアルタイムで揺動を見ることも可能であると言える。

[20]無論、訓練によって、撮影時の揺れやブレを予想・想像することはできるし、それをもとにフェイクを入れることだって不可能ではない。手ブレ映像で撮影をすれば、〈場所映画〉を実現できる、というような単純な話ではない。

[21]アロイス・リーグル『古代ローマ末期の美術工芸』(中央公論美術出版、2007年)、ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」(多木浩二ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 』所収、岩波学術文庫、2000年)を参照。

[22]長滝祥司『知覚とことば 現象学とエコロジカルリアリズムへの誘い』、ナカニシヤ出版、1999年、p.22

[23]モーリス・メルロ=ポンティ『見えるものと見えないもの』(みすず書房1989年)を参照。

[24]同上、p.176181-215