qspds996

揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

バーバラ・ウォン『お別れクラブ -Break Up Club-』2010年


SFIAAFF '11: BREAK UP CLUB Trailer

 

愛するフローラに振られて失意のジョーは、カフェのパソコンで「お別れクラブ」(www.breakupclub.asia)というウェブサイトを見つける。他のカップルを別れさせることと引き換えに恋人と復縁できるという謳い文句に乗せられ、友人とその恋人の名前を書き込むと、現実にフローラとヨリを戻すことができた。ジョーは束の間の幸福を味わうが、迂闊な行動でまたしてもフローラを怒らせてしまう。


タイトルにも冠せられている「お別れクラブ」だが、謎めいたそのサイトの正体やカラクリに踏み込むことはなく、物語上もさほど重要な役割を担っていない。メディア論的な観点からはむしろ、ジョー視点のPOVショットを多用したドキュメンタリー的・リアリティーショー的画面づくりや、バーバラ・ウォン監督が実名で登場するメタフィクション的要素のほうが目立っている。

 

www.netflix.com

 

Break Up Club ( Blu-ray )

Break Up Club ( Blu-ray )

 

 

 

マイルズ・フェルドマン『盗撮ドットコム』2000年

 

f:id:sasakiyusuke:20180311004742j:plain

 

オーディションで集めた女たちを一軒家に住まわせ、無数のカメラを設置して、その日常生活を覗き見るサイトで一儲けを企むフランクとアレックス。しかしカメラの不具合や課金システムの不備などで、計画は思うように進まない。そんななか、奇妙な覆面をかぶった殺人鬼がサイトの参加者を襲い始める。


『マーダー・ネット』(マティアス・ルドゥー、2002年)や『処刑・ドット・コム』(マーク・エヴァンス、2002年)に先駆けて、覗きサイトで起こる犯罪を扱った初期のフィルム。しかし「ブロードバンド・ショッキング・ホラー」という触れ込み(日本販売VHSのコピー)にもかかわらず、事件が起きるのはなぜかサイトの公開前であり、ネットを題材としておきながらライブ配信や公開殺人といった要素をまったく活かせていない。

 

盗撮ドットコム [DVD]

盗撮ドットコム [DVD]

 

 

ミック・ギャリス『バーチャル・ウォーズ3』1998年

f:id:sasakiyusuke:20180224010055j:plain

 

人工知能研究の大家ジョーメッセンジャー博士のもとに、助手のジュリエットがやってくる。病に冒され余命わずかの彼女は、自分の脳をコンピュータにアップロードすれば永遠の命を得られると考え、ジョーの反対を押し切って実験を決行。肉体を持たないデータだけの存在として生まれ変わり、家電やエレベーター、飛行機などコンピュータに接続されたあらゆるものをコントロールして邪魔者の排除に乗り出す。


ネットワーク上を自由に移動してクラッキングを繰り返す幽霊というモチーフは、1993年の『ヴァイラス/インターネットの殺人鬼』(レイチェル・タラレイ、1993年)と共通している。「ユビキタス社会」や「モノのインターネット」(Internet of Things、IoT)が提唱され始めた90年代末頃の時代の空気を反映したフィルムと見做せるだろう。

 

バーチャル・ウォーズ3【字幕版】 [VHS]

バーチャル・ウォーズ3【字幕版】 [VHS]

 
バーチャル・ウォーズ3【日本語吹替版】 [VHS]

バーチャル・ウォーズ3【日本語吹替版】 [VHS]

 

 

仁同正明『デスブログ 劇場版』2014年


映画『デスブログ 劇場版』予告編

 

乃木坂46主演のホラー映画シリーズ第2弾(第3弾は『杉沢村都市伝説 劇場版』)。中田花奈演じる引っ込み思案な女子高生・瞳は、ブログに片思いの気持ちや日々の出来事を書き込んでいたが、やがてそのブログに取り上げられた人物が次々とバットで殴打される事件が起きる。


タイトルの「デスブログ」は、タレント東原亜希のブログに書き込まれた人物は不幸に遭うという噂話が元ネタだろう。ただし、東原のブログはジンクス的・都市伝説的な意味合いが強いのに対して、映画では具体的なストーカー被害の問題に変更されている。


瞳は「田中」と名乗る人物がブログに繰り返し不穏なコメントを残すことに恐怖し、妹や友人の仕業ではないかと疑心暗鬼に陥る。当事者以外にはその恐怖や深刻さが伝わりづらい、ネット上のストーカー被害の問題を描こうとしているのが感じられるが、瞳の心情の変化が唐突すぎるため、観客にとっては、彼女を怪訝な目で見つめる周囲の人びとのほうが感情移入しやすいという皮肉な結果となっている。

 

デスブログ 劇場版

デスブログ 劇場版

 
デスブログ 劇場版 [DVD]

デスブログ 劇場版 [DVD]

 

 

ラファエル・フリードマン『WTF』2014年


『WTF』映画オリジナル予告編

 

スケッチと呼ばれる過激なイタズラ動画で知られるフランス人、レミ・ガイヤールが本人役で主演したコメディ。サッカーの出場選手のふりをして試合前の国歌斉唱に参加したり、着ぐるみ姿で警察にちょっかいをかけたりと、定職にもつかずやりたい放題を続けていたガイヤールだったが、恋人にイタズラ動画の制作を止めるよう言われ、平凡なセールスマンとして腑抜けた生活を送ることになる。


映画は上記のようなドラマパートと、普段のイタズラ動画を紹介するパートとで構成されている。ガイヤールの犯罪すれすれな行動にはただでさえ多くの批判が寄せられているが、恋人や仲間たちが迷惑を蒙り、苦悩する姿が描かれるドラマパートが挟まれることで、イタズラの迷惑さが却って強調され、笑うに笑えない重苦しさがつきまとう。『スモッシュ』(2015年)や『ヘイターはお断り!』(2016年)と同様、YouTuber的な美学と映画の美学が容易には相容れぬものであることを証明してしまっている一例である。

 

タイトルは「What the fuck」を意味するネットスラング

 

www.netflix.com

フィリップ・ユン『チャットガールズ ~微交少女~』2014年


Super Girls - Heidi 李靜儀 《May We Chat 微交少女 》電影預告

 

1982年の不良少年・少女を描いた香港映画『靚妹仔』(英題「Lonely Fifteen」、デヴィッド・ライ)の娘世代を描いた続編。メッセンジャーアプリ「WeChat」(微信)でゆるやかにつながる少女たちが、仲間の一人ヤンの失踪事件をきっかけに、各自が自覚していた以上の固い絆を確認する。


ヤンを探すワイ・ワイとイー・ジーは、スマホを肌身離さず持ち歩き、テキスト、ボイスメッセージ、電話、スタンプ、写真添付などを巧みに使い分けてやりとりする。We Chatを事件解決の重要なアイテムとするのでもなければ、最新テクノロジーを物珍しげに眺めるのでもなく、対面して会話する、電話をかけるといった日常のありふれた行為と同等の扱いで作中に登場させているのが素晴らしい。特に聴覚障害を抱えているワイ・ワイは、スマホを高度に身体化することによって、言葉を発することができないハンデを感じさせないほどの円滑なコミュニケーションをしてみせるのである。

 

www.netflix.com

君塚良一にとってインターネットとは何か

 

TAMAFLE BOOK 『ザ・シネマハスラー』

TAMAFLE BOOK 『ザ・シネマハスラー』

 

 

映画におけるインターネット描写に関して、ひときわ悪名高い人物が君塚良一だ。ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルで盛大な『誰も守ってくれない』(2009年)批判が繰り広げられた影響もあって、若者やネットを嫌悪し、よく知ろうともせぬまま偏見で糾弾する悪しき脚本家・映画監督であるというイメージが拡散し、映画評論ブログでもしばしば批判や揶揄の対象なっている。

 

では、これほど多くの反感を買う君塚のネット描写とはどのようなものなのか。実際にそれほどひどいものなのだろうか。代表作と言える三つの映画を見てみよう。

 


踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!

 

テレビドラマと映画の双方で数多くのヒット作を手がける君塚のキャリアの中でも、特に大きな成功を収めたのが、脚本を担当した『踊る大捜査線』シリーズである。

 

劇場版第一作『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』(本広克行、1998年)では、湾岸署管轄の川で水死体が上がり、胃の中からはクマのぬいぐるみが発見される。青島刑事らは、被害者がバーチャルな殺人を楽しむウェブサイト「仮想殺人事件ファイル」のチャットに頻繁に参加していたことを突き止め、サイトの管理人Teddyにコンタクトをとる。

 

Teddyの正体は殺人マニアの日向真奈美で、猟奇殺人事件に造詣が深く、犯罪者の心理を知り尽くしている。並行して捜査が進められていた副総監誘拐事件解決のため、青島が日向に協力を求める展開は『羊たちの沈黙』(1991年)そのものだが、精神科医ハンニバル・レクター博士の役どころをネット上の殺人マニアに置き換えているのが興味深い。

 

一方では、ネットユーザーを不気味で得体の知れない「社会の敵」として描く紋切り型を採用しながら、他方では、警察のプロファイリング技術を凌ぐ専門知を持つ存在として評価する。宇多丸の言葉を借りて言えば、これは君塚が世の中の人(ネットユーザー)を「馬鹿にしすぎ」であると同時に「怖がりすぎ」てもいることの結果なのかもしれないが、いずれにせよ日向真奈美というキャラクターは、単純にネット嫌悪の表出と切り捨てることのできない両義性を備えた、シリーズ屈指の存在感を放つ悪役として観客に迎えられたのである。

 


踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!

 

同じく君塚が脚本を手がけた劇場版第三作『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(本広克行、2010年)では、湾岸署の移転作業の最中に、三丁の拳銃が盗難される事件が起きる。神田署長らは内々での解決を図るが、何者かが匿名掲示板にリークしたことで事件が世間に知れ渡り、さらには盗まれた拳銃を用いた殺人事件が起きてしまう。

 

この映画に制作者の誤算があるとすれば、不祥事を隠蔽しようとした湾岸署よりも、情報を漏洩させた人物や匿名掲示板のほうが真っ当で、正義の側に立っているように見えてしまうところだろう。緊迫した状況の中にもギャグやコミカルな演出を挟み込み、上層部の小物っぷりも愛すべきキャラクターとして解釈するのは『踊る大捜査線』シリーズの魅力であり美徳であるが、そうした従来型の成功モデルは、ウィキリークス事件以後の社会状況や価値観とは齟齬をきたし、機能不全を起こしてしまうのである。

 


誰も守ってくれない

 

踊る大捜査線 THE MOVIE 3』の前年、君塚は長編映画『誰も守ってくれない』(2009年)の脚本と監督を手がけている。過去の捜査ミスのトラウマを抱える勝浦刑事が、殺人事件容疑者の妹である中学生・船村沙織を保護し、加熱するマスコミやネット上の野次馬から逃れようとする物語で、勝浦の前日譚を描いたテレビドラマ『誰も守れない』(フジテレビ系列)の放送に合わせて劇場公開がおこなわれた。

 

作中にはたびたび、匿名掲示板とそれに書き込みをする顔の見えない人々が登場する。「人殺しを許すな」「クソガキを糾弾せよ」「妹も死刑」「容疑者の家族を守る奴も同罪だ!」……容疑者だけでなく妹の沙織や勝浦刑事をもターゲットに加え、本名や顔写真、住所などあらゆる個人情報を暴き立てていく。匿名の悪意は止まることを知らず、関係者の自宅や避難先に押しかけてプレッシャーをかけたり、盗撮や暴行事件に及びさえするのである。

 

宇多丸が指摘するように、ネットユーザーのいかにもオタクなファッションや風貌、美少女アニメキャラのシールを貼りたくった所持品、古臭いダイヤルアップ接続音や薄暗い部屋でのパソコン利用など、紋切り型を多用したネット描写は確かに偏見に満ちており、露悪的に過ぎると言わざるを得ない。

 

ただし現在の視点から当時を顧みると、宇多丸の批判にも一考の余地がある。

 

宇多丸は、匿名掲示板も一定のバランス感覚を備えているとした上で、加害者の家族の顔写真や住所を流出させたり、盗撮動画を公開すれば、それをおこなった者がむしろ叩かれる側になるはずだと述べ、『誰も守ってくれない』のネット描写のリアリティーの無さを指摘していた。しかし本当にそうだろうか。

 

加害者の親族どころか、本来無関係である者さえも炎上に巻き込まれ、誹謗中傷を受けたり、個人情報を拡散されることは、いまや日常茶飯事だ。逮捕者が出ても殺害予告が収まらず、自宅や関係者宅に物理的危害が加えられ、度重なる嫌がらせに精神を病む者は後を絶たない。そんな2018年のネットの「現実」と比べれば、『誰も守ってくれない』に登場する匿名掲示板への書き込み内容は、はるかに上品で、他愛のないものに見えてくる。『踊る大捜査線 THE MOVIE 3』の場合と同様、ここ10年の社会状況の変化が、作中のネット描写の意味合いを決定的に変えてしまったのだ。

 

君塚良一のネット描写は、他者を「脅かす」側を描く段では悪評通りの不味さと言わざるを得ないが、「脅かされる」側を描く段では非常な冴えを見せる。

 

勝浦刑事は、誰にも伝えていないはずの居場所が匿名掲示板に書き込まれていることを知り、今の今まで親しく会話していた目の前の知人を疑わしく感じてしまう。何者も信用できないという疑心暗鬼と、親切な知人を疑いの目で見てしまうことへの罪悪感というダブルバインドが、言葉抜きの視線と表情だけで表現されている。こうした繊細な演出をなし得たのは、まさに君塚がネットを「怖がりすぎ」ていたからにほかならない。

 

踊る大捜査線 コンプリートDVD-BOX (初回限定生産)

踊る大捜査線 コンプリートDVD-BOX (初回限定生産)