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qspds996

揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

shifter uprising

お知らせ

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映像作家のワタナベカズキさんとudocogさん、そして私の3人で2015年に結成した映像制作ユニット「shifter」の初上映イベントを行ないます。shifterとして制作した全作品に加えて、2015年の拙作『And the Hollow Ship Sails On』の圧縮・編集バージョン(flicker)も上映予定。

トークゲストには西島大介さん、中田クルミさんもいらっしゃいます。2月11日(土)と12日(日)の2日間、どうぞご覧ください。

 

shifter uprising

日時|2017年2月11日(土)、2月12日(日)14:00-

会場|VANDALISM

料金|前売 ¥1,500/当日 ¥1,800

予約・問い合わせ|miyokawatachi(at)yahoo.co.jp 

ウェブ|http://elegirl.net/shifter/ 

 

上映作品

『PARENTAL ADVISORY EXPLICIT COMMUNICATION』(3分、2015年)

『チェーンブレイカー』(30分、2015年)

「udocorg 監督作品」(10分以内の短編の上映を予定)

『And the Hollow Ship Sails On (flicker)』(10分、2016年)

『レイニー&アイロニーの少女コレクション』(18分、2015年)

『異類婚のエスノグラフィー』(17分、2016年)

 

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ウェブサイトの更新とステイトメント

お知らせ

 

久々にウェブサイトを更新しました。

qspds996 | 佐々木友輔|Sasaki Yusuke|Web Page

 

これまでずっと「自分は一体何者で、何がしたいのか」を簡潔に説明する言葉を持てずに困っていたのですが、今回、新たに「ステイトメント」のページを設けてみました。これによって、作品や研究に関心を持って下さる方が少しでも増えると良いなと思います。

 

わたしの制作と研究の見取り図は、“揺動”の三分類として記述することができる。

(1)揺らす

20世紀を代表するメディアである映画は、人間の“見ること”にいかなる影響を与えてきたのか。自明視されている制度や慣習を揺さぶることで映画の盲域を探り出し、これまで記録されて来なかったイメージ、あるいは記録不可能なイメージの存在に意識を向ける。
具体的には、映画や写真が“病理としての郊外”観の形成に加担してきたことを批判する展覧会企画「floating view “郊外”からうまれるアート」(2011)およびウェブ連載『Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論』(2013)、カメラを持ち込むことが不可能な場所であるウェブ空間を映画がいかに表象できるのかを問うた短編映画『落ちた影/Drop Shadow』(2015)などが挙げられる。

(2)揺れる

手持ちカメラによる手ぶれ映像をはじめとした“揺れる”イメージに着目し、映画史を「揺動メディア」としての映画史として再構成する。
実験映画やビデオアート、70年代の風景映画論争を引き継ぎつつ、揺動を組み込んだ新ドキュメンタリー理論〈場所映画〉を構築し、従来の映画が見落としてきた場所のイメージに触れることを目指す。その試みは「映画による場所論」と題したシリーズの中で実践され、これまでに、小説家・長塚節が記した茨城の風景を百年後の風景と重ね合わせる長編映画『土瀝青 asphalt』(2013)、沖縄戦の米軍進行ルートの現在をトレースする中編映画『TRAILer』(2016)などを制作・公開している。

(3)揺らぐ

人為的か否かを問わず、従来の制度や慣習が揺らげば、人間は依って立つべき大地を失い、時には生死にも関わる危険な状態に追いやられる。
足場なき場所でいかに安定をつくりだし、生命を維持するか。それは揺動メディアとしての映画制作の要であるのみならず、物語上の主題ともしてきたものである。例えば、秋葉原の通り魔事件の加害者が自分であったかもしれないという不安に苛まれる長編映画『夢ばかり、眠りはない』(2010)、震災と原発事故を機に根拠なき噂やデマに汚染された“空気”を可視化する長編映画『アトモスフィア』(2011)などが挙げられる。また現在は、CG・VFXの全面化以後のハリウッド映画に散見される「復路の神話」のモチーフに関するリサーチを進めている。

 

2016年に見た新作映画ベスト10

映画

今年は1月〜2月のメモをなくして記憶喪失状態になっており、見た映画の正確な本数が分からない。3月以降のメモを確認すると新作/旧作と劇場/自宅合わせて124本見ているようで、去年の1/3〜半分以下になってしまいました。環境が激変したので仕方ないのかもしれないけれど、来年はもう少し見たい。

とはいえ今年は優れた新作を数多く見ることができました(特にハリウッド大作が充実しすぎていて、それ以外をベストに挙げる余地がない)。以下に挙げた10作品は、『死霊館/エンフィールド事件』と『ちはやふる』を除き、先日の『TRAILer』上映で述べた「復路の映画」ばかり。この仮説については、来年前半にまとまった論を公開する予定です。21世紀のハリウッド映画はこれ抜きでは語れない!それぐらい決定的なものを書きたいと思っています。

 

(『ローグ・ワン』などをまだ見ていないので、もしかしたら追記・修正するかも。)

 


(1)  Batman v Superman: Dawn of Justice

 


(2) X-Men: Apocalypse

 


(3) 君の名は。

 


(4) The Conjuring 2

 


(5) The BFG

 


(6) Star Trek Beyond

 


(7) Fantastic Beasts and Where to Find Them

 


(8) Teenage Mutant Ninja Turtles 2

 


(9) Finding Dory

 


(10) ちはやふる 上の句/下の句

 

 

12月11日(日)佐々木友輔 新作上映『TRAILer』

お知らせ

 

映画制作を通じて人間の生きる場所と風景の問題に取り組む映像作家・佐々木友輔による新作上映。沖縄を舞台として、映像とテキスト、声と音楽が多層的な場所のイメージを形成する。

上映後は、朗読を担当した詩人のカニエ・ナハ氏、朗読脚本を執筆した美術批評家の土屋誠一氏をゲストに迎えてのトークイベントを開催。また、佐々木が高校2年時に制作したデビュー作『手紙』の特別上映もおこないます。

 

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日時:2016年12月11日(日)

16:00『手紙』 18:00『TRAILer』(各回入替制)

料金:一般700円、イメージフォーラム会員500円、2回券1000円

会場:イメージフォーラム・シネマテーク

トークゲスト:カニエ・ナハ(詩人)、土屋誠一(美術批評家)

 


TRAILer trailer

『TRAILer』50分、ビデオ、2016年

朗読:カニエ・ナハ、朗読脚本:土屋誠一、音楽:田中文久

1945年の春。米軍が読谷村・渡具知から沖縄本島に上陸し、同年6月に摩文仁の丘で日本軍の組織的抵抗が終了した。2015年の冬。私は渡具知ビーチと沖縄平和祈念公園を検索し、Google Mapだけを頼りに、2点を結ぶ撮影の旅に出た──。初めて訪れた土地のイメージと、その土地に抱いてきたイメージの距離を探る〈場所映画〉の最新作。

 


映画『手紙』(予告編)

『手紙』72分、ビデオ、2002年 制作:佐々木友輔、音楽:稲垣雅俊 ほぼ全編を携帯電話のメール送受信のみで構成した佐々木友輔の長編デビュー作。書いては消しを繰り返し、届かなかった言葉と届いた言葉、相手からの返信を待ち焦がれる指先だけで描く「人間ドラマ」。イメージフォーラム・フェスティバル2003一般公募部門受賞。

 

 

佐々木友輔(ささき・ゆうすけ)

1985年兵庫県生まれ。映像作家、企画者。近年の上映・展示に「反戦 来るべき戦争に抗うために」(SNOW Contemporary、2014年)、「第7回恵比寿映像祭」(恵比寿ガーデンプレイス、2015年)、「記述の技術 Art of Description」(ARTZONE、2016年)など。主な著作に『floating view “郊外”からうまれるアート』(編著、トポフィル、2011年)、『土瀝青――場所が揺らす映画』(編著、トポフィル、2014年)など。

 

カニエ・ナハ

1980年神奈川県生まれ。詩人。2010年「ユリイカの新人」としてデビュー。2015年エルスール財団新人賞〈現代詩部門〉。2016年、詩集『用意された食卓』(私家版、2015年/青土社、2016年)で第21回中原中也賞。新作詩集は『馬引く男』(私家版、2016年)。装幀家として詩集の装幀も手掛けている。装幀/デザインの近作に萩野なつみ『遠葬』(思潮社、2016年)、永方佑樹『√3』(思潮社、2016年)など。

 

土屋誠一(つちや・せいいち)

1975年、神奈川県生まれ。美術批評家、沖縄県立芸術大学准教授。著書(共著)に『実験場 1950s』(東京国立近代美術館、2012年)、『現代アートの巨匠』(美術出版社、2013年)、『拡張する戦後美術』(小学館、2015年)など。

12月4日『異類婚のエスノグラフィー』上映(八王子Short Film映画祭)

お知らせ

 

ワタナベカズキ監督作品『異類婚のエスノグラフィー』の脚本を書きました。撮影監督のudocorgさんと3人で組んだ映像制作ユニット「シフター」の最新作。音楽はDJまほうつかい(西島大介)さんです。12月4日(土)、八王子映画祭にて初公開。ぜひぜひご覧ください。

 

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異類婚のエスノグラフィー予告

 

『異類婚のエスノグラフィー』

17min/HD/2016

監督:ワタナベカズキ/脚本:佐々木友輔/撮影監督:udocorg
音楽:DJまほうつかい/主題歌「Catacombe」ひめとまほう
出演:中田クルミ/伊神忠聡/花井力/角田文/松本高士
   児玉磨利/上村正子
映画祭HP:http://8oj.jimdo.com


2061年、長きにわたる戦争で疲弊しきった日本。民族誌学を専攻する大学生・文夫(ふみお)は、偶然知り合った老女・得子(なりこ)に聞き取り調査を依頼した。その目的は、誰も知らない「ファーストコンタクト」を世界に知らしめ、種族間の宿命的な対立の歴史を書き換えること。文夫の熱意を受け取った得子はぽつりぽつりと語り始める。2016年、彼女が恋人と過ごした束の間の幸福な日々のことを……。
若き日の得子役で主演を務めるのはモデル、DJとしても活躍中の中田クルミ。老女の得子役にはさいたまゴールド・シアターの上村正子。音楽を手掛けるのは、西島大介の音楽プロジェクト・DJまほうつかい。主題歌には地下アイドルで文筆家の姫乃たまとDJまほうつかいの音楽ユニットひめとまほう。漫画家、映画、ファッション、アートと領域を横断したコラボレーションによって紡がれた、未来と過去とが折り重なるSF映像詩。

 

スタッフ
撮影助手:山崎玲/照明:山口峰寛/録音:千阪拓也
方言指導:豊永純子/スタイリスト:miyabi
メイク:牧野結莉亜 難波みゆき
特殊メイク:市川あさみ 小金澤千秋 福英美 宮田愛
CG:CO2/編集:渡辺一樹/整音:ミヤジマジュン
サウンドエフェクト:田中文久
 音楽:DJまほうつかい/トラックメイク:石塚周太
主題歌:「Catacombe」ひめとまほう
 歌唱:姫乃たま/作詞&作曲:DJまほうつかい/編曲:石塚周太
制作:寺嶋夏生
製作:shifter

上映&トーク「風景/映画再考」

お知らせ 映画 郊外論

 

10月15日(土)に原將人氏とMAORI氏、10月16日(日)に比嘉賢多氏を鳥取にお招きして、SAKAE401で上映&トークイベント「風景/映画再考」をおこないます。

 

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映画は「かつてあった」場所を記憶し、「来るべき」風景を映し出す。

日本と映画の起源をめぐる旅を続ける伝説の映画作家・原將人×MAORIと、沖縄と大和の間にある心的ラインを浮き彫りにするドキュメンタリーを世に問うた新鋭・比嘉賢多を迎えておこなう本上映は、わたしたちが生きるこの場所、この国の姿を見つめ直すための絶好の機会となるでしょう。

 

Vol.1 日本の起源をたどる映画の旅 『MI・TA・RI!』

ゲスト・原將人×MAORI
2016年10月15日(土)上映16時30分/トーク18時
※トークには比嘉賢多氏も参加予定。
SAKAE401鳥取市栄町401本通ビル3階)

入場無料

 

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『MI・TA・RI!』(ライブ上映)
監督・脚本・撮影・編集・音楽・主演:原將人×MAORI
8ミリフィルム・ビデオ、3面複合スクリーン、90分、2002年
歌と語り、ビデオプロジェクターと2台の8ミリ映写機による3面マルチスクリーンで上映されるライブ映画。
原將人は、生まれ育った東京を離れ、移住した京都で、いつしかパートナーとなった真織と出逢い、結婚をして、新しい命を迎える。歴史ある美しい京都での日常を取り巻くデイリーなドキュメンタリーから、広島、沖縄へ。起点と終点を同じくする結果となったロードムービー。第1回フランクフルト国際映画祭・観客賞を受賞。

【原將人 HARA Masato】1950年生まれ。映画監督。高校在学中に映画『おかしさに彩られた悲しみのバラード』を制作し、第1回東京フィルムフェスティバルグランプリとATG賞を受賞。以後、日本の個人映画の牽引者として精力的な活動を行う。代表作に、個人映画・風景映画の傑作『初国知所之天皇』(1973年)、広末涼子の初主演作『20世紀ノスタルジア』(1997年)など。

【MAORI】1973年生まれ。アーティスト。『MI・TA・RI!』(2002年)や『あなたにゐてほしい』(2015年)で原將人との共同監督や主演を務める。2001年には、初監督作品『原発通信創刊号』が第1回フランクフルト国際映画祭に正式招待された。

 

Vol.2 不可視のラインをめぐって 『沖縄/大和』『大魂込み』

ゲスト・比嘉賢多
2016年10月16日(日)上映16時30分/トーク18時30分
※トークには原將人氏とMAORI氏も参加予定。
於 SAKAE401鳥取市栄町401本通ビル3階)
入場無料

 


沖縄 / 大和 予告編

 

『沖縄/大和』
監督・撮影・編集:比嘉賢多 ビデオ、99分、2014年
沖縄と大和の双方に対して違和感を抱える日本復帰後世代のウチナーンチュ。彼らにとって米軍基地は生まれた時から身近にあるものであり、一方で、沖縄の文化や風習を知らないままに育ってきたという実感もある。監督の比嘉は、様々な世代や立場の異なる人々の言葉に耳を傾けるうちに、沖縄と大和の間にある心的な「ライン」というテーマを見出していく。 

『大魂込み(うふまぶいぐみ)
監督・撮影・編集:比嘉賢多 ビデオ、17分30秒、2015年
沖縄の喜屋武部落を中心として、繁華街や牧場、観光地など人々の日々の暮らしが垣間見える風景に、沖縄語(ウチナーグチ)によるナレーションが重ね合わせられた映像詩。

【比嘉賢多 HIGA Kenta】1991年沖縄生まれ。映画監督。映画制作を中心に、論考の執筆、映画上映会運営などの活動をしている。現在、沖縄に在住しながら、作品制作中。近年の上映・展示に「PFFアワード2014」「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル2015」、「沖縄 戦後70年美術プロジェクト すでぃる」(摩文仁平和祈念資料館、2015年)など。

 

主催:鳥取大学地域学部附属芸術文化センター

企画:佐々木友輔(sasakiyusuke(a)rs.tottori-u.ac.jp)

平成28年度鳥取大学長経費事業

アンドレ・バザン「写真映像の存在論」

書籍 メモ

 

アンドレ・バザン「写真映像の存在論」(『絵画の諸問題』1945年からの再録)

『映画とは何かⅡ 映像言語の問題』小海永二訳、美術出版社、1970年

 

造形芸術の歴史は類似性の歴史である

・「もしも造形芸術に対して精神分析が行われるとしたら、屍体の防腐保存の慣習は、造形芸術の発生のための基本的な一要因と見なされるかもしれない。」(p.13)
・絵画や彫刻の起源にはミイラ《コンプレックス》がある。古代エジプトの宗教では、人間の肉体をそのままのかたち・外見で保存することによって、時間の流れに抗い、死後も生命が存続できると考えた。
・しかし、ピラミッドという保管庫は確実な安全が保障されているわけではなく、何らかの事故で肉体が損なわれてしまう恐れがある。そこで彼らは、ミイラの代用品として、テラコッタの小像を置いた。そこには、彫像制作の宗教的な起源に、「人間の生命をその外見の保存によって救うという機能」(p.14)があったことが示されている。
・芸術も文明も進歩を遂げた現在では「モデル」と「肖像画」との存在論的な同一性はもはや信じられていないが、肖像画はモデルを思い出すための助けとなり、モデルが忘却されるという「精神的な死」からの助けになることは認めている。その意味で、今も「外形の永続によって時間に打勝ちたいというの欲求」は根強く残っている。
・造形芸術の歴史を、美学の歴史であるだけでなく、心理学の歴史であるとするならば、それは本質的に「類似性の歴史」あるいは「リアリズムの歴史」であると言える。

 

西洋絵画の原罪

・このようなパースペクティブの中に、写真と映画を位置付ける。
・アンドレ・マルロー「映画は、造形上のリアリズムの最も進化した姿に他ならない」
・絵画は「象徴主義」と「写実主義」の間で多様なバランスを実現してきたが、15世紀に西洋の画家は、精神的な現実を様々な手段で表現するのではなく、外部世界の完全な模倣を目指し始めた。
・その上で決定的な役割を果たしたのが「透視画法」の発明である。透視画法によって、人間が肉眼で見ているのと同じような、三次元空間の錯覚をつくりだすことが可能になった。
・それ以来絵画は、「精神的の表現という美学的な願望」と「外部の世界をその複製で代用させたいという純粋に心理的な願望(錯覚への欲求)」の間で引き裂かれるようになった。
・偉大な芸術家は、常にこの二つの願望を統合してきたが、錯覚への欲求は非常に誘惑が強く、徐々に造形芸術の均衡を破壊していった。
・リアリズムに関する論争は、真のリアリズム(この世界の具体的で同時に本質的な意味を表現したいという欲求)と、偽のリアリズム(形体の錯覚によって満足するだまし絵。目を騙すのではく、精神を騙す絵)の混同から生じている。
・「透視画法は西洋絵画の原罪なのだった。」(p.17)

 

原罪からの救い主

・「ニエプスとリュミエールとは、その原罪からの救い主だった」(p.17)
・写真と映画は、物理的に完全な模倣をするわけではない(色彩の模倣などはまだ絵画より劣っている)が、「人間を締め出したメカニックな再現」であることによって、わたしたちの錯覚への(心理的な)要求を満足させる。
・それゆえ、写真の出現によって造形芸術は、モデルを完全に模倣する欲望から解放された。近代の画家は類似性のコンプレックスから解放され、それを大衆のものである「写真」や「写実のみに専念する類いの絵画」に引き渡した。

 

写真の本質的な客観性

・「従って、絵画と較べての写真の独自性は、その本質的な客観性にある。(中略)最初の事物とその表現との間にもう一つの事物(レンズもしくはカメラを指す)以外は何一つ介在しないというのは、これが初めてのことだった。厳密な決定論に従えば、外部世界のが人間の創造的干渉なしに自動的に形成されるというのは、これが初めてのことだった。」(p.19)
・すべての芸術は、人間の存在が前提として成り立っている。例外的に「人間の不在」を享受できるのは、写真だけである。
・写真の美しさは《自然現象》として観者に働きかけてくる。写真家は被写体や構図を選択することによって自らの個性を発揮できるものの、それは画家の個性ほど重要なものには成り得ない。
・「写真におけるこのような自動的な形成は、の心理学を根本的にひっくり返した。」
・写真は「事物からその再現物へのの移動によって利益を得ている」のであり、どれだけ観者が批評精神を発揮しても、そこに表象された事物の存在は信じざるを得ない。
・絵画はもはや「類似性」という点では写真よりも劣る技法の一つに過ぎない。事物そのものを完全に何かによって代用させたいという欲求を満足させる「事物の」を与えてくれるのは写真レンズだけである。
・ピントが外れたり形が歪んだりしている写真のもあるが、それもモデル本体から生じたものである。「写真の映像は、モデルそのものなのである。」(p.22)

 

(原註)

・本来はここで、写真と同様にミイラ・コンプレックスに由来するの移動によって利益を得ている《聖なる遺物》と《形見》との心理学についても検討する必要がある。
・「トリノの聖なる屍衣(聖ヴェロニカ)」は、《聖なる遺物》と写真との統合を果たしている。

 

映画・写真の美学的な特性

・映画は、写真の客観性を時間の中で完成させたものである。
・絵画の美学とは異なる写真の美学的な特性は、「現実を露わにさらけ出す力を持つという点」にある。(p.23)
・「ただレンズの非情さだけが、事物から、それにまつわる慣習や偏見を、また、われわれの知覚がそれを包んでいるすべての精神的な垢や埃を、きれいにさっぱりと洗い落として、それをわれわれの注意力の前に、従ってまたわれわれの愛情の前に、汚れない無垢の姿で返してくれることができる。われわれの知らなかった、あるいは見ることのできなかった一つの世界の、自然なままのを見せてくれる写真のおかげで、自然は遂には芸術を模倣する以上のことをなしとげる。自然は芸術家を模倣するに至るのである。」(p.23)
・「解放であると同時に歓声でもある写真は、西洋絵画が写実への執念を決定的にぬぐい去り、その美学的な自立性を回復することを可能にした。」(p.24)
・「他方では、映画は一種の言語でもある。」(p.25)

 

 

映画とは何か(上) (岩波文庫)

映画とは何か(上) (岩波文庫)

 

 

映画とは何か(下) (岩波文庫)

映画とは何か(下) (岩波文庫)