読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

qspds996

揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

キャプテン・フィリップス

揺動メディア論 映画

 


映画『キャプテン・フィリップス』予告編 - YouTube

キャプテン・フィリップス |オフィシャルサイト

 

ボーン・アルティメイタム」「ユナイテッド93」のポール・グリーングラス監督がトム・ハンクスを主演に迎えて放つ衝撃の実録サスペンス。2009年にソマリア沖で海賊の襲撃に遭い人質に取られた後、アメリカ海軍特殊部隊“SEALs”によって辛くも救出されたアメリカ船籍マースク・アラバマ号の船長リチャード・フィリップス氏の回顧録『キャプテンの責務』をリアルかつ緊張感あふれる筆致で映画化。共演はソマリア出身で14歳の時に家族と共に米国に移住したバーカッド・アブディ。これが俳優デビューとなる。

 2009年4月。ケニアへの援助物資を運ぶアメリカのコンテナ船マースク・アラバマ号。インド洋を順調に航行していたが、ソマリア沖で4人組の海賊に襲撃される。船長のリチャード・フィリップスは、船が彼らに乗っ取られる直前、数人のクルーを残して乗組員を全員、機関室に匿う。そして彼らを救うため、自らは単身で人質となり、海賊たちと共に小さな救命艇に乗り移り、アラバマ号を後にする。やがて事件の一報を受けたアメリカ政府は、海軍特殊部隊ネイビー・シールズを出動させ、フィリップス船長の救出作戦を開始するが…。(allcinema より引用)

 

 激しい手ぶれ映像を多用する作風で知られるポール・グリーングラス監督は、最新作の『キャプテン・フィリップス』でもまた、一部の状況説明ショットを除いてほぼ全編を〈揺れ動くカメラ〉で撮影している。けれどもそれは、常に同じ調子で漫然と揺れているというわけではない。物語の進行に合わせて揺動の質も変化していく。

 

 結論を先に言ってしまえば、本作の揺動は、少々直裁的すぎるほどに登場人物たちの「生きること」と連動している。彼らが危機に直面し、生きる力を漲らせれば漲らせるほど、主観的で能動的なユレやブレが激しく強くなる。一方、彼らが疲弊し、絶望に沈んでいけば、それに連れて受動的に「揺らされた」結果としてのユレやブレが増えていく。心臓が規則正しくリズムを刻むように、ほどよい揺れは彼らが生きていることを証明するが、あまりにも大きな揺れは生に負荷がかかり危険が迫っていることを知らせもする。揺動が止まることは死を意味する。

 

 冒頭、フィリップスが彼の妻と自動車で港へと向かうシーン。走る車はガタゴトと上下に揺れるが、それはもちろんフィリップス自身の身体の能動的な揺れではない。フィリップスはアメリカ経済を不安に思い、子どもたちの世代の行く末を案じながらも、それに対して何か対処法を見つけ出せるわけではない。彼はただただ車に揺られながら、決められた時間、決められた仕事に向かうだけである。

 

 一方、ソマリアの海岸で、漁師たちが海賊行為のメンバーを選別するシーンでは、カメラは彼らの一員であるかのように能動的に動き回る。彼らの士気が高まっていくのと連動して、カメラの揺れも強まっていく。こうした揺動は、4人の海賊たちが貨物船に乗り込むシーンでも続く。ここでの揺動は、興奮を押さえ切れない4人の感情と身体の躍動の可視化であると同時に、貨物船の乗組員たちの動揺や緊張感の可視化でもある。乗り込む側と乗り込まれる側は、同じ揺動を通じて、同じ場所を共有している。

 

 やがて、貨物船の船員たちの抵抗に遭って予定が狂った4人の海賊は、フィリップスを人質にして救命艇に乗り込み、貨物船を離れてソマリアへ向かう。救命艇の船内のシーンでは、先ほどまで見られたような激しい揺動は収まっている。救命艇は狭く窮屈で、海賊たちもカメラも自由に動き回るスペースが限られているからだ。海の波の揺れだけが、フィリップスと海賊たちとカメラを揺らす。海賊たちは、能動的に動くこと・揺れることを封じられ、狭い船内でただ揺らされているだけだ。

 

 このシーンの揺動は、冒頭のフィリップスが乗る自動車のシーンを思い起こさせるものがある。このままでは近いうちにアメリカ軍に捕らえられるか殺されてしまうに違いない。無事に逃げ切ったところで、海賊のボスは彼らのミスを許さないだろう。打開策はない。逃げ道をなくした彼らの生は消えかかっている。けれども波に揉まれ、揺られるその不快感が、それでもまだ彼らは生きているのだということを示している。

 

 照準器を覗くシールズの狙撃兵たちは、すべての揺れが消え、海賊たちの動きが止まる一瞬を待ち続ける。曳航を止め、救命艇の動きが止まったその瞬間、三方向から撃ち放たれた銃弾によって、海賊たちは永遠に動かなくなる。揺動が止まることは死を意味する。