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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

ビンダーVol.2《特集|トランスフォーマー》

 

5月4日の文学フリマで発売される批評誌『ビンダーVol.2《特集|トランスフォーマー》』(目次に参加しています。

わたしはマイケル・ベイトランスフォーマー・シリーズへの愛を込めた「トランスフォーマー追悼」と、「いま、個人映画を観るということ」と題した連載の第2回「『リヴァイアサン』はどう新しいか ツールとルックについての覚書」を書きました。

後者は、「個人映画論」を銘打っておきながらいきなりの『リヴァイアサン』論ですが、もちろん無関係ではありません。かわなかのぶひろさんの映画入門書と、吉田和生さんの作品を参照しながら、『リヴァイアサン』を論じています。

 

以下、「リヴァイアサン』はどう新しいか」の冒頭部分を掲載します。ご興味を持たれた方はぜひ文学フリマでお買い求めください。

 

 
リヴァイアサン』はどう新しいか——ツールとルックについての覚書

 

 ツールの利用方法を変える

 昨年刊行した書籍『土瀝青——場所が揺らす映画』(木村裕之・佐々木友輔 編)には三つの対談が収録されているのだが、そこでお話しさせていただいた石川初氏、渡邉英徳氏、地理人(今和泉隆行)氏はそれぞれ、既存のツールの利用方法を変えることの達人であった。

 例えば石川氏は、GPSを利用して自らの移動の軌跡を地図上に描画した「地上絵」を制作したり、AR(拡張現実)アプリケーション「セカイカメラ」を用いて、地上で撮影した写真を同じ場所の地下から見ることによって、まるで潜望鏡で地中から風景を眺めるような体験を可能にしたりというように、ツールの利用方法を変えることで場所との関わり方をも変容させるような活動を展開してきた。これは対談の中でも述べたことだが、とりわけ石川氏の著書『ランドスケール・ブック——地上へのまなざし』は、場所と関わるための様々なツールの利用方法・アイデアが膨大にリストアップされており、その密度に圧倒される。

 渡邉氏は、グーグルアースを利用して災害や戦災の記憶を伝えるデジタル・アーカイブを構築している。昨年は気象庁による台風情報と人びとが発信するローカルな災害情報(減災リポート)をグーグルアース上にかさねあわせた「台風リアルタイム・ウォッチャー」を発表し、話題を集めた。思い立ったら即行動、たちまち既存のツールを別の用途に「使える」ものに転用してしまうのが渡邉氏の魅力だ。また、そのような瞬発力があるからこそ、企業側の都合でアプリケーションの仕様が変わってもその都度柔軟に対応することができるのだろう。(実際、現在は各アーカイブをグーグルアースから新プラットフォームへ移植する作業を進めているという。)

 地理人氏は、中村市(なごむるし)という架空の都市地図の制作を続けており、二〇一三年にはタモリ倶楽部「地図マニアの最終形 ひとり国土地理院大集合」への出演や著書『みんなの空想地図』(白水社)の刊行で脚光を浴びた。彼の書く地図は単に既存の地図を精密に模倣しただけのものではない。ある駅に降り立って、そこから自らの足やローカルなバスで移動し、空間を切り開いていく経験をいったん抽象化し、あらためて「地図」という形式に変換することによって、日本という国における都市の特殊なありかたを架空の地図上に浮かび上がらせてもいるのである。

 

 昨年、石川氏との対談を前に『ランドスケール・ブック』を読み返していて、ふと「何かに似ているな」と感じた。そして、その「何か」の正体を考えてみるうちに辿り着いたのが、かわなかのぶひろが著した二冊の入門書『映画・日常の実験』(一九七五年)と『ビデオ・メーキング コミュニケーションの新しい道具』(一九七九年)である。はじめから意識していたわけではないのだが、この時、わたしが石川氏や渡邉氏、地理人氏の活動に強く惹かれる理由のひとつがはっきりと分かった気がした。彼らの、既存のツールの利用方法の幅を押し拡げていく姿勢が、かわなかをはじめとして、わたしがかつて大きな影響を受けた個人映画・実験映画の作家たちにも共通するものであると気づいたのだ。