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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論 #10[最終回]

お知らせ

 


Camera-Eye Myth Episode.10 Readers / Cinema ...

 


【ゲスト連載】Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論 #10[最終回]「Readers / Cinema/ドキュメンタリー」 image/text 佐々木友輔 | neoneo web

 

今年の4月からneoneo webで連載していた「Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論」もいよいよ今月で最終回となりました。最終回では第8回に引き続き、美術家の門眞妙さんに制作協力をしていただいています。

テキストも動画も内容はスタート時点でおおよそ決まっていたのですが、やはり毎月具体的に書き進めていく中で、時事的な事柄が入り込んでくることに「連載」することの面白さがあるのだなと気づかされました。特に今回は、直前に三浦哲哉氏の著書『映画とは何か』が刊行されたこともあって、その本に引き寄せられた部分が多々あります(特にジャン・パンルヴェにかんする記述は刺激的で、実験映画や個人映像を再評価するためにも参考になりそうだと感じました)。また、書籍『土瀝青——場所が揺らす映画』刊行イベントでの石川初氏・沢山遼氏との対談、同書籍について上山和樹氏、渡邉陽介氏、石川卓磨氏とTwitter上で交わした議論(というにはやはり140字制約は厳しいものがありますが)も、連載の内容に反映されていると思います。ここで挙げた方々以外にも、ほんとうにたくさんの方々に、様々なかたちで連載を支えていただきました。

そして最後に、連載の場を与えて下さった萩野亮氏と、neoneo web編集部のみなさまに感謝の意を表したいと思います。萩野氏が私の制作活動を「ドキュメンタリー」という語と結びつけて下さった時(2012年に刊行された『ソーシャル・ドキュメンタリー』)から、私にとって「ドキュメンタリーとは何か」という問いを常に考え続けてきました。最終回のタイトルを「ドキュメンタリー」としたのはもちろんそのような理由からです。ご期待に沿えるようなことが言えたか不安もありますが、ひとまずこれを『ソーシャル・ドキュメンタリー』への「返答」としたいと思います。

ありがとうございました。

 

 

映画とは何か: フランス映画思想史 (筑摩選書)

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ソーシャル・ドキュメンタリー  ──現代日本を記録する映像たち (CineSophia)

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土瀝青 場所が揺らす映画

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