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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

アンドレ・バザン「写真映像の存在論」

アンドレ・バザン「写真映像の存在論」(『絵画の諸問題』1945年からの再録) 『映画とは何かⅡ 映像言語の問題』小海永二訳、美術出版社、1970年 造形芸術の歴史は類似性の歴史である ・「もしも造形芸術に対して精神分析が行われるとしたら、屍体の防腐保存…

にんげん研究会2016 第3回「土屋誠一に聞きたい!100のこと」

8月25日(木)に鳥取の「たみ」にて、にんげん研究会の第3回「土屋誠一に聞きたい!100のこと」が開催されます。近辺にお住いの方はぜひお越しください。 トーク「土屋誠一に聞きたい!100のこと」 ゲスト:土屋誠一氏(沖縄県立芸術大学准教授)聞き手:田中…

ポール・シュレイダーの「超越的スタイル」

聖なる映画―小津/ブレッソン/ドライヤー (1981年) 作者: ポール・シュレイダー,山本喜久男 出版社/メーカー: フィルム・アート社 発売日: 1981/02 メディア: ? この商品を含むブログを見る ポール・シュレイダー『聖なる映画——小津/ブレッソン/ドライヤー…

藤田直哉 編著『地域アート――美学/制度/日本』

地域アート――美学/制度/日本 作者: 藤田直哉,会田誠,遠藤水城,加治屋健司,北田暁大,佐塚真啓,清水知子,じゃぽにか,有賀慎吾,村山悟郎,田中功起,藤井光,星野太 出版社/メーカー: 堀之内出版 発売日: 2016/03/10 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る …

映画批評のハイブリッド化――「完全映画」が現れてくるかもしれないという夢想は可能だ

「図書新聞」の最新号に、昨年参加したトークイベントの採録が掲載されています。近年の映画を巡る状況について、率直に語っています。 図書新聞 No.3239 2016年01月23日映画批評のハイブリッド化――「完全映画」が現れてくるかもしれないという夢想は可能だ…

いま、個人映画を観るということ(三)いまこそ飯村隆彦を読/見直す

11月23日(月・祝)の文学フリマで頒布される同人誌『ビンダーVol.3』(特集「ゴダール&gdgd妖精s」)に参加しています。ブースはキ-05〜06。私は連載「いま、個人映画を観るということ」の第3回「いまこそ飯村隆彦を読/見直す」を書きました。 飯村隆彦と…

「動画の時代」の「映画批評」はいかに可能か——「ポストメディウム的状況」を考える

限界研の新刊 『ビジュアル・コミュニケーション』の刊行記念トークイベントに参加します。 11月17日(火)19:30〜、ジュンク堂池袋店にて開催です。 ビジュアル・コミュニケーション――動画時代の文化批評 作者: 限界研,飯田一史,海老原豊,佐々木友輔,竹本竜…

ビジュアル・コミュニケーション——動画時代の文化批評

ビジュアル・コミュニケーション――動画時代の文化批評 作者: 限界研,飯田一史,海老原豊,佐々木友輔,竹本竜都,蔓葉信博,冨塚亮平,藤井義允,藤田直哉,宮本道人,渡邉大輔 出版社/メーカー: 南雲堂 発売日: 2015/09/30 メディア: 単行本(ソフトカバー) この商…

二種類の幽霊、二種類の霊媒——揺動メディアとしての映画論

批評誌「ART CRITIQUE n. 04 メディウムのプロスティテューション」に、拙稿を掲載していただきました。2014年5月初旬発売予定とのことです。 このブログで断片的に書いてきた「揺動メディア論」の実践、といった内容です。固定カメラ(およびその応用である…

映画批評MIRAGE 6号

映画批評誌「MIRAGE」6号に、インタビューと拙論「生まれたときから揺れていた ― 揺動映画への招待」を掲載していただきました。映画研究者の村山匡一郎氏と名前を並べていただいて光栄ですというか恐縮ですというか……なのですが、ともかく、ぜひ手にとって…

空間的ドキュメンタリーの可能性——『データを紡いで社会につなぐ』について

2011年に開催した展覧会「floating view "郊外"からうまれるアート」でわたしは、「郊外」と呼ばれる——ある時はユートピアとして、またある時はディストピアと看做された——立場なき場所からこそ生まれ得る表現のあり方を模索し、そのひとつの可能性をAR(拡…