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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

F・ハビエル・グティエレス『ザ・リング/リバース』2017年


映画『ザ・リング/リバース』予告編

 

『リング』(中田秀夫、1998年)のハリウッドリメイク第三弾。前作『ザ・リング2』(中田秀夫、2005年)から12年越しの続編ということで、呪いのビデオの拡散は主にパソコン上の動画ファイルをコピーすることでおこなわれる。


大学で生物学を教える教授ガブリエルが秘密裏に呪いのビデオの研究をおこなうシーンなど、『らせん』(飯田譲治、1998年)のような科学的・バイオホラー的アプローチに向かうのかと期待を持たせるが、大学に警察の捜査が入って以降尻すぼみに。呪いの動画がSNSを通じて世界中に拡散していく結末も、『貞子3D』(英勉、2012年)や『貞子vs伽倻子』(白石晃士、2016年)ですでに試みられた後であり新鮮味はない。

 

 

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スコット・B・ハンセン『ポゼッション・エクスペリメント』2016年


『ポゼッション・エクスペリメント』 予告編

 

宗教学を学ぶ大学生ブレンダンは悪魔祓い(エクソシスム)を研究課題として選び、調査の過程を動画ブログで逐一公開することに。同じ授業を受けている学生クレイ、SNSで知り合った医大レダ等と20年前に惨劇が起きた屋敷に赴き、自らの身体に悪魔を憑依させる儀式のライブ配信を敢行する。


除霊の様子をライブ中継する試みとしては『着信アリ』(三池崇、2004年)等の先行例があるものの、悪魔祓いとネットのライブ配信を結びつけるアイデアにはちょっとした新鮮さがある。SNSを通じた告知や資金集め、野次馬のコメントや宗教団体からの批判、配信を見守る黒幕めいた人物……と、悪魔祓いを密室劇に留めずひたすら大風呂敷を広げていく序盤から中盤までは期待を持たせるが、事態が本格的に動き出すと凡百のエクソシストものと代わり映えしなくなり、ネットやライブ配信といった要素も脇に追いやられてしまうのが惜しい。

 

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手ぬるい業界批判『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(リューベン・オストルンド、2017年)


映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』予告編

 

スウェーデンの監督リューベン・オストルンドが、自身が制作した美術作品をモチーフとして制作したドラマ映画。平等や思いやりを謳う展覧会を企画しておきながら、無自覚にその理念とはかけ離れた行動をとってしまうキュレーター・クリスティアンの日々を追うことで、格差社会を見て見ぬ振りをするアート業界および富裕層の偽善や傲慢さを風刺している。


しかしクリスティアン個人の人間的な弱さや曖昧さを強調しすぎたために、アート業界批判は手ぬるいものになってしまったと言わざるを得ない。


例えば展覧会の宣伝動画が「炎上」するシークエンス。広告代理店が話題づくりのために提案した過激なアイデア(路上生活者の少女が「思いやりの聖域」であるはずの作品《ザ・スクエア》のエリア内で爆死する)に対し、プライベートのいざこざで心ここに在らずなクリスティアンは内容をよく確かめもせずゴーサインを出し、知らぬ間に美術館のウェブサイトやYouTubeで公開されてしまう。当然この動画は世間から激しいバッシングを受け、クリスティアンは辞任に追い込まれることになる。


一見、批判の矢面に立たされているのはクリスティアンおよび美術館関係者のようであるが、もともと動画のアイデアを出したのは(アートへの理解のない)広告代理店であり、またクリスティアン個人の不注意が重なった結果の不運であるという逃げ道が残されている。結果的にはキュレーターがしっかり仕事をしていればじゅうぶん回避できた炎上事件として描かれているため、オストルンドの批判の矢はアート業界が構造的・本質的に抱える問題に届く前に墜落してしまう。この映画が本気でアート業界批判に取り組むつもりならば、キュレーターが万全を期し、堂々と世に問うた宣伝動画が炎上しなければならなかった。

ハイコンテクストなネットユーザー描写『いぬやしき』(佐藤信介、2018年)


映画『いぬやしき』【予告】4月20日(金)公開

 

奥浩哉による同名コミックを原作とするSFアクション。UFOの墜落現場に居合わせたことで全身をサイボーグ化されたサラリーマン・犬屋敷と高校生・獅子神の戦いを描く。

 

獅子神と彼の母を誹謗中傷するネットユーザーたちが無残に殺されたり、そこで最初の犠牲者となる2ちゃんねらーが「いかにもオタク」といった紋切り型の風貌であるなど、ネット文化やオタク文化に対する挑発的な表現が散見される。君塚良一の脚本作(『踊る大捜査線』シリーズや『誰も守ってくれない』など)と同様、ネットユーザー蔑視であるとの批判が集中しそうなものだが、そうなっていないのは、これらの描写のいずれもが原作の忠実な再現だからだろう。奥浩哉は作品の内外でしばしば2ちゃんねる批判をおこなうことで知られており、映画化に先行する原作コミックやアニメ版の公開時点で、すでに奥のネットユーザー描写に関する話題や批判はほぼ出尽くしていたと言って良い。

 

加えて『いぬやしき』のネットユーザー描写をめぐっては、たんなる対立関係に収まらない奇妙なコミュニケーションが生まれていた。奥は上述した2ちゃんねらーを実在する人物(ニコ生主として知られるニートスズキ)をモデルとして描写。さらには『いぬやしき』のアニメ版(フジテレビ、2017年)で2ちゃんねらー役の声優を一般公募し、ニートスズキ自身が応募して落選するなど、双方が『いぬやしき』のネットユーザー描写をネタ化して楽しむという事態が起きたのだ。

 

映画版『いぬやしき』のネットユーザー描写はあくまで紋切り型の表現に留まっており、数あるネット映画のなかで特筆すべきものではない。しかし作り手と受け手のあいだで上記のような共犯関係があったことを踏まえなければ、『いぬやしき』と君塚良一脚本作の受容のされ方の違いを説明することはできない。とりわけ後世から顧みるときには、両者の差異を画面上のみから判断することは困難だろう。

 

 

ライアン・クー『アマチュア』2018年


Amateur | Official Trailer [HD] | Netflix

 

14歳にしてバスケの名門校にスカウトされた少年テロンが、ディスカリキュリア(算数障害)や家庭の貧困、チームメイトからの疎外や大人たちの身勝手な期待に苦しみつつも、スター選手を目指して成長していく姿を描いたNetflixオリジナル映画。


人生が左右される重要な局面で、常に傍にあるのがスマホソーシャルメディアだ。テロンは試合や舞台裏のライブ配信によって一躍スター選手として注目を集めるが、同じスマホで世話になっているコーチの不正を暴き、自らもチームから除名されてしまう。そして彼にプロ契約のオファーがきた際も、「コートだけでなくソーシャルメディアでの活躍」」が期待されるのである。

 

www.netflix.com

 

 

アカン・サタイェフ『持たざるものが全てを奪う HACKER』2015年


映画 『 持たざるものが全てを奪う HACKER 』 劇場用公式予告

 

 幼い頃からパソコンに慣れ親しみ、ネットで学費を稼いでいたアレックスは、母の失業によって大金が必要になり、ハッカー集団「ダークウェブ」の斡旋で闇ビジネスに参入。偶然知り合った転売のエキスパート・サイとコンビを組んで荒稼ぎする。自信をつけたアレックスは、母を解雇した銀行への復讐を画策する。USBメモリでコンピュータウイルスを送り込む計画は未遂に終わるが、ダークウェブの頭ゼッドから賞賛されて名声を獲得。評判を聞いてコンタクトしてきたハッカー・キーラも仲間に加わり、さらに大規模な犯罪に手を染めていく。


「現実に起きた事件に基づく」という触れ込みの通り、クレジットカードの不正利用や高額商品の転売、銀行員の目を盗みコンピュータに直接USBメモリを差し込んでのハッキングなど、地に足のついた犯罪描写にこだわりが感じられる。

 

 

ミチョ・ルターレ『ソーシャル・キラー 金曜日のネットストーカー』2016年


ソーシャル・キラー 金曜日のネットストーカー(字幕版) - Trailer

 

とある大学で、SNSで「@bleed_you」というアカウントからフォローされた人物が毎週金曜日に謎の死を遂げる事件が発生。学生のナビラは、ネットやパソコンに詳しい友人エリックと共に「@bleed_you」の正体を突き止めようとする。


ネット炎上のトラウマを抱え、スマホではなくガラケーを持ち歩いているナビラ。演説中の失態を動画で拡散され、晒し者になっているダン。ダンの殺害現場の写真をSNSで拡散し、多くのフォロワーを獲得するシェルトン……というように、登場人物それぞれがSNSに対して異なる距離感で接していることを丁寧に描いており、ネット社会の実相を捉まえようとする制作者たちの気概が窺える。しかしそれらの描写が物語の焦点をぼかし、冗長さを招いていることも否めない。


また本作の背景には、「follow Friday」と呼ばれる英語圏の習慣(金曜日に「#followfriday」「#ff」などのタグを付けてTwitterのお勧めフォロワーを紹介する)があるが、その予備知識がなければ「毎週金曜日に起きる殺人」というアイデアにもピンと来ないだろう。ネット映画に付きまとうハイコンテクストの問題を痛感させられる作品。