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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

ジュリアン・アサンジとウィキリークスをめぐるノン/フィクション


「フィフス・エステート:世界から狙われた男」予告編

 

『フィフス・エステート/世界から狙われた男』(ビル・コンドン、2013年)は、イラク戦争における米軍の民間人殺傷動画やアメリカの外交公電などの公表で世界的な影響力を持つ内部告発サイト「ウィキリークス」の成立過程を描きつつ、その創始者ジュリアン・アサンジの人物像に迫るサスペンス映画だ。


ウィキリークスの元ナンバー2とされるダニエル・ドムシャイト・ベルグの視点からアサンジの常識離れした行動や思想を描き出していく物語構成は、文脈的に『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー、2010年)の二番煎じ感が否めないが、ドキュメンタリータッチのカメラワークを採用しながら、そこに『サイバーネット』(イアン・ソフトリー、1995年)的なイメージ映像や近未来的なGUIを組み込むなど、視覚的には様々な工夫が凝らされている。


しかし同作は、完成前からジュリアン・アサンジ当人に激しく批判されることになった。アサンジは独自ルートで脚本を入手し、その内容をウィキリークスで公開。『ウィキリークスの内幕』(ダニエル・ドムシャイト・ベルグ文藝春秋、2011年)と『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』(『ガーディアン』匿名取材チーム、デヴィッド・リー、ルーク・ハーディング、講談社、2011年)を原作とするこの作品は事実を歪曲しており、ウィキリークスへの敵対行為だと主張すると共に、製作・公開の中止を求めた。


対するビル・コンドンも、アサンジが映画についてコメントするシーンを終盤に盛り込んでメタ的に応戦するが、弱者に味方せず政府を利する映画は利益を上げられないというアサンジの予言通り(?)、『フィフス・エステート』は興行的には失敗に終わり、2013年のハリウッドでもっとも製作費を回収できなかった作品という不名誉を与えられてしまった。アサンジの批判や脚本のリークがこの結果にどの程度影響しているのかは定かでないが、いずれにせよ、ウィキリークスを題材とした映画自体がウィキリークスをめぐる騒動の当事者となったのである。

 


Risk - Official Trailer


ジュリアン・アサンジウィキリークスは、2017年に公開されたドキュメンタリー『リスク:ウィキリークスの真実』に対しても激しい批判を加え、公開中止を要請している。監督のローラ・ポイトラスは、2014年に『シチズンフォー スノーデンの暴露』でアカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門を受賞した映画作家で、2010年から2016年までアサンジに密着取材し、ウィキリークスの歴史を間近で見つめ続けてきた。


興味深いのは、このドキュメンタリーが『フィフス・エステート』と驚くほど似通った物語展開を見せることだ。当初のローラは、アサンジが米国務省に電話をかけて外交公電の流出を警告する場面に立ち会うなど、確かな信頼を感じさせる距離感で撮影をしているが、性的暴行容疑に対するアサンジの釈明辺りから次第に溝が生じ、両者の心的距離に比例するように、カメラポジションも遠ざかっていく。ついには、アサンジがローラに対して述べたという映画への懸念──「我々の仲違いは見せない約束だろう」「試写の後、相互の妥協点を探すつもりだ」「現時点で本作は私の自由への脅威であり、そういう認識で扱う」──が紹介され、映画は締めくくられるのである。 

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シチズンフォー スノーデンの暴露 [DVD]

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ジャヤプラカーシュ・ラーダークリシュナン『レンズの向こう側』2015年


Lens - Official Trailer | Vetri Maaran | G V Prakash Kumar | Mini Studio | Jayaprakash Radhakrishnan

 

妻を蔑ろにしてアダルトチャットに夢中のアラヴィンド。彼はある日、Facebookで「Nilly S」と名乗る女性からの友達申請を承認し、誘われるがままにSkypeチャットを開くが、その正体はヨハンという男性だった。ヨハンはアラヴィンドの弱みを握り、自分が自殺するところをライブ映像で見届けてくれと奇妙な要求をする。

 

IT大国のインドにおいて、誰もが気軽に動画を公開・閲覧できるネット社会の暗部を描いたミステリー。後半では、寝室を盗撮され、ネットで拡散された夫婦の悲劇が語られる。盗撮の犯人だけでなく、その動画データが入ったUSBを拾いウェブにアップした者、動画を気軽な気持ちで見た者たちもまた、無自覚のうちに悪質な加害者となっていることが告発される。

 

動画チャットのやりとりで物語が進行するため、画面内画面の構図が繰り返し登場する。作中人物が頻繁にノートパソコンを手に取り動かすことで、場面や構図を変えて緩急のリズムを生み出したり、フレームの外側でのアクション(相手に悟られないようにスマホを弄ったり、部屋に第三者を招き入れるなど)をミステリーに利用するなど、ウェブカメラの性質を活かしたカメラワークに工夫が見られる。

 

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園子温『紀子の食卓』2006年


紀子の食卓 予告

 

2002年に制作された『自殺サークル』のスピンオフ的な続編。『自殺サークル』のノベライズでありながら、内容を大幅に書き換えた園子温の書き下ろし小説『自殺サークル 完全版』(河出書房新社、2002年)を原作とする。

 

地方の平凡な高校生活や家族生活に不満を感じていた紀子は、お気に入りのウェブサイト「廃墟ドットコム」でミツコと名乗り、廃人5号、ろくろっ首、深夜、決壊ダム、そして上野駅54といったハンドルネームの人々と交流していた。ある日、父親に反発して家出をした紀子は、東京で上野駅54=クミコと対面し、彼女に促されて「レンタル家族」の仕事を始める。

 

依頼に応じて架空の家族を演じるレンタル家族の設定は、スタニスラフスキー・システムやメソード演技のパロディのようである。感情の爆発がむしろ空虚さを生むような演出を繰り返してきた園子温による、自己言及的・演技論的なメタ映画として見ることもできるだろう。 前作にも登場した廃墟ドットコムが物語の導入として用いられているが、その後本筋に深く関わってくることはない。生身の人間の演技が問題となる本作において、テキストベースのコミュニケーションに出る幕はないのだ。

 

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園子温『自殺サークル』2002年


Suicide Club Trailer

 

54人の女子高生による鉄道自殺を皮切りに各地で頻発するようになった集団自殺事件を、その捜査を進める刑事たちの視点から描いたミステリー。

 

作中、集団自殺との関係が疑われるウェブサイト「廃墟ドットコム」が登場し、その画面上には、男性自殺者の数が白玉、女性自殺者の数が赤玉で表示される。こうした描写から自殺系サイトの問題を扱った初期の例として語られることもあるが、廃墟ドットコムはあくまで人々の間で広がっていく自殺の輪(サークル)の一部を成しているに過ぎない。園子温は、あえて元凶である真犯人や黒幕を設定しないことによって、全貌の掴めない事件の不気味さ、不穏さを強調している。

 

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自殺サークル 完全版

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自殺サークル (Fx COMICS)

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チャド・アーチボルド、マット・ウィール『ビジター 征服』2014年


映画『ビジター 征服』予告編

 

第四種接近遭遇(アブダクション)と地球侵略を題材としたSF映画

 

かつて異星人に誘拐されて人体実験を受け、彼らと交信するために何十年も天体観測を続けて自説をブログに公表する男、ビル・キャシディが、同じく異星人の調査をおこなう謎の特殊部隊に拘束され、拷問を受ける。

 

真偽不明な情報が溢れる個人ブログ特有のいかがわしさが、映画の陰謀論的・オカルト的ムードを高めるための一要素として利用されている。

 

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アレックス・ウィンター『スモッシュ』2015年


SMOSH: THE MOVIE (OFFICIAL TRAILER)

 

実家暮らしでネット三昧のアンソニーと、冴えない自分を変えるためピザの宅配を始めたイアンのもとに、高校卒業5年めの同窓会の知らせが届く。イアンは想いを寄せるアナとの再会を期待するが、その直後、卒業パーティーでの大失態の様子がYouTubeにアップされていることに気づく。この動画をアナに見られたら、負け犬時代の自分を思い出させてしまう。そう考えたイアンはアンソニーYouTube本社に赴き、動画の削除を懇願。CEOのスティーブ・ユーチューブによって「YouTubeの中」に送り込まれ、動画の内容をつくり変えるべく奮闘する。


世界のYouTuber年収ランキングで常に上位に位置するスモッシュ(Smosh)のアンソニー・ペディラとイアン・ヒコックスが実名で主演したコメディー。音声アシスタント・ディリ(Siriのパロディ)に導かれ、様々な動画の世界へ転送されていくという物語展開にかこつけて、ふだんスモッシュYouTubeに投稿している短編動画を羅列し、つなぎ合わせたような構成をとる。


これはスモッシュ本来の魅力を最大限に引き出すための戦略だろうが、十全に機能しているとは言い難い。YouTube周りのネット文化に慣れ親しんでいなければピンとこないハイコンテクストなギャグが散りばめられ、初見の敷居を上げている一方で、著作権的に問題のあるパロディや際どいギャグは必要最低限に抑えられており、毒気の抜けた、牧歌的な印象が付きまとう。Googleが全面協力した『インターンシップ』(ショーン・レヴィ、2013年)と同様に、映画という制度が抱えるしがらみの多さやフットワークの重さが足枷となっている一例とも言えよう。


なお、監督のアレックス・ウィンターは『ビルとテッドの大冒険』のビル役で知られる俳優・映画監督・脚本家で、近年は『ディープ・ウェブ』や『Downloaded』などのネットドキュメンタリーの制作も手がけている。

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ネットドキュメンタリーの画期/デヴィッド・ファリアー、ディラン・リーヴ『くすぐり』2016年


TICKLED: In Cinemas August 19th

 

ニュージーランドの人気テレビ記者デヴィッド・ファリアーが、ネットにアップされた「くすぐり我慢大会」の動画を目にしたことを発端とするドキュメンタリー。デヴィッドは、動画を製作した企業ジェーン・オブライエン・メディア(JOM)にメールで取材を申し込むが、JOMからの返信は「同性愛者の記者とは関わりたくない」「ゲイ野郎」といった罵詈雑言だった。不可解な対応にむしろ興味をそそられたデヴィッドがJOMの調査を進めると、多額の報酬によるくすぐり動画への出演交渉、動画の無断公開や出演者への嫌がらせメール、訴訟をちらつかせた脅しなど、次々と新たな謎と問題が浮上してくる。


『くすぐり』は、日本では2016年11月にNetflixで配信され、まさに「事実は小説より奇なり」を体現するようなノンフィクションのミステリーとして大きな注目を浴びた。しかしその現実離れした展開以上に重要なのは、制作者デイビッドの当事者性と主観性が前面に押し出されたフィルムであるという点だ。


これまでネットを題材としたドキュメンタリーは、スティーブ・ジョブズマーク・ザッカーバーグなど間違いなく歴史に残るパイオニアたちの伝記もの、巨大企業やアダルトサイトの実態に迫るものなどが大半を占めており、そこでは報道番組的な客観性が重視されていた。一方、デヴィッド・ファリアーの制作姿勢は『ゆきゆきて、神軍』(1987年)の原一男や『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)のマイケル・ムーアなど、体当たり取材を厭わない映画作家たちの系譜に連なる。観客はデヴィッドの視点から事件を見つめることによって、ネット上の誹謗中傷やメールでの脅迫といった事柄により身近な恐怖を覚え、証言者たちの言葉も他人事ではなく感じられるだろう。とりわけ、くすぐり動画や誹謗中傷を拡散された出演者が周囲から白い目で見られたり、所属するスポーツチームを解雇されるなど、大きく人生を狂わされた過去を語るシーンが印象に残る。

 

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