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揺動メディアについて。場所と風景と映画について。

園子温『紀子の食卓』2006年


紀子の食卓 予告

 

2002年に制作された『自殺サークル』のスピンオフ的な続編。『自殺サークル』のノベライズでありながら、内容を大幅に書き換えた園子温の書き下ろし小説『自殺サークル 完全版』(河出書房新社、2002年)を原作とする。

 

地方の平凡な高校生活や家族生活に不満を感じていた紀子は、お気に入りのウェブサイト「廃墟ドットコム」でミツコと名乗り、廃人5号、ろくろっ首、深夜、決壊ダム、そして上野駅54といったハンドルネームの人々と交流していた。ある日、父親に反発して家出をした紀子は、東京で上野駅54=クミコと対面し、彼女に促されて「レンタル家族」の仕事を始める。

 

依頼に応じて架空の家族を演じるレンタル家族の設定は、スタニスラフスキー・システムやメソード演技のパロディのようである。感情の爆発がむしろ空虚さを生むような演出を繰り返してきた園子温による、自己言及的・演技論的なメタ映画として見ることもできるだろう。 前作にも登場した廃墟ドットコムが物語の導入として用いられているが、その後本筋に深く関わってくることはない。生身の人間の演技が問題となる本作において、テキストベースのコミュニケーションに出る幕はないのだ。

 

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園子温『自殺サークル』2002年


Suicide Club Trailer

 

54人の女子高生による鉄道自殺を皮切りに各地で頻発するようになった集団自殺事件を、その捜査を進める刑事たちの視点から描いたミステリー。

 

作中、集団自殺との関係が疑われるウェブサイト「廃墟ドットコム」が登場し、その画面上には、男性自殺者の数が白玉、女性自殺者の数が赤玉で表示される。こうした描写から自殺系サイトの問題を扱った初期の例として語られることもあるが、廃墟ドットコムはあくまで人々の間で広がっていく自殺の輪(サークル)の一部を成しているに過ぎない。園子温は、あえて元凶である真犯人や黒幕を設定しないことによって、全貌の掴めない事件の不気味さ、不穏さを強調している。

 

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自殺サークル 完全版

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自殺サークル (Fx COMICS)

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チャド・アーチボルド、マット・ウィール『ビジター 征服』2014年


映画『ビジター 征服』予告編

 

第四種接近遭遇(アブダクション)と地球侵略を題材としたSF映画

 

かつて異星人に誘拐されて人体実験を受け、彼らと交信するために何十年も天体観測を続けて自説をブログに公表する男、ビル・キャシディが、同じく異星人の調査をおこなう謎の特殊部隊に拘束され、拷問を受ける。

 

真偽不明な情報が溢れる個人ブログ特有のいかがわしさが、映画の陰謀論的・オカルト的ムードを高めるための一要素として利用されている。

 

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アレックス・ウィンター『スモッシュ』2015年


SMOSH: THE MOVIE (OFFICIAL TRAILER)

 

実家暮らしでネット三昧のアンソニーと、冴えない自分を変えるためピザの宅配を始めたイアンのもとに、高校卒業5年めの同窓会の知らせが届く。イアンは想いを寄せるアナとの再会を期待するが、その直後、卒業パーティーでの大失態の様子がYouTubeにアップされていることに気づく。この動画をアナに見られたら、負け犬時代の自分を思い出させてしまう。そう考えたイアンはアンソニーYouTube本社に赴き、動画の削除を懇願。CEOのスティーブ・ユーチューブによって「YouTubeの中」に送り込まれ、動画の内容をつくり変えるべく奮闘する。


世界のYouTuber年収ランキングで常に上位に位置するスモッシュ(Smosh)のアンソニー・ペディラとイアン・ヒコックスが実名で主演したコメディー。音声アシスタント・ディリ(Siriのパロディ)に導かれ、様々な動画の世界へ転送されていくという物語展開にかこつけて、ふだんスモッシュYouTubeに投稿している短編動画を羅列し、つなぎ合わせたような構成をとる。


これはスモッシュ本来の魅力を最大限に引き出すための戦略だろうが、十全に機能しているとは言い難い。YouTube周りのネット文化に慣れ親しんでいなければピンとこないハイコンテクストなギャグが散りばめられ、初見の敷居を上げている一方で、著作権的に問題のあるパロディや際どいギャグは必要最低限に抑えられており、毒気の抜けた、牧歌的な印象が付きまとう。Googleが全面協力した『インターンシップ』(ショーン・レヴィ、2013年)と同様に、映画という制度が抱えるしがらみの多さやフットワークの重さが足枷となっている一例とも言えよう。


なお、監督のアレックス・ウィンターは『ビルとテッドの大冒険』のビル役で知られる俳優・映画監督・脚本家で、近年は『ディープ・ウェブ』や『Downloaded』などのネットドキュメンタリーの制作も手がけている。

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ネットドキュメンタリーの画期/デヴィッド・ファリアー、ディラン・リーヴ『くすぐり』2016年


TICKLED: In Cinemas August 19th

 

ニュージーランドの人気テレビ記者デヴィッド・ファリアーが、ネットにアップされた「くすぐり我慢大会」の動画を目にしたことを発端とするドキュメンタリー。デヴィッドは、動画を製作した企業ジェーン・オブライエン・メディア(JOM)にメールで取材を申し込むが、JOMからの返信は「同性愛者の記者とは関わりたくない」「ゲイ野郎」といった罵詈雑言だった。不可解な対応にむしろ興味をそそられたデヴィッドがJOMの調査を進めると、多額の報酬によるくすぐり動画への出演交渉、動画の無断公開や出演者への嫌がらせメール、訴訟をちらつかせた脅しなど、次々と新たな謎と問題が浮上してくる。


『くすぐり』は、日本では2016年11月にNetflixで配信され、まさに「事実は小説より奇なり」を体現するようなノンフィクションのミステリーとして大きな注目を浴びた。しかしその現実離れした展開以上に重要なのは、制作者デイビッドの当事者性と主観性が前面に押し出されたフィルムであるという点だ。


これまでネットを題材としたドキュメンタリーは、スティーブ・ジョブズマーク・ザッカーバーグなど間違いなく歴史に残るパイオニアたちの伝記もの、巨大企業やアダルトサイトの実態に迫るものなどが大半を占めており、そこでは報道番組的な客観性が重視されていた。一方、デヴィッド・ファリアーの制作姿勢は『ゆきゆきて、神軍』(1987年)の原一男や『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)のマイケル・ムーアなど、体当たり取材を厭わない映画作家たちの系譜に連なる。観客はデヴィッドの視点から事件を見つめることによって、ネット上の誹謗中傷やメールでの脅迫といった事柄により身近な恐怖を覚え、証言者たちの言葉も他人事ではなく感じられるだろう。とりわけ、くすぐり動画や誹謗中傷を拡散された出演者が周囲から白い目で見られたり、所属するスポーツチームを解雇されるなど、大きく人生を狂わされた過去を語るシーンが印象に残る。

 

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鳥居康剛『杉沢村都市伝説 劇場版』2014年


杉沢村都市伝説 劇場版

 

ネット上で話題を集める「杉沢村伝説」を題材にした、乃木坂46主演のホラー映画シリーズ第3弾(第2弾は『デスブログ 劇場版』)。杉沢村を探す旅に出た義男の帰りを待つ妹の裕子と義男の恋人・亜紀が、義男とその仲間たちが動画サイトにアップした奇妙な映像を目にし、彼らの身を案じて後を追う。


杉沢村は青森県の山中にあるとされ、かつて村民の虐殺事件が起きたとか、訪れた者は二度と帰って来られないといった不穏な噂が囁かれている。杉沢村は実在するという説や、1938年の津山事件や森村誠一の小説『野性の証明』などをモデルにした創作という説、果てはテンプル騎士団の集落説や異世界説など様々な噂が飛び交っており、新聞やテレビでも取り上げられている。


映画では、冒頭に動画サイトを閲覧するシーン、エンドクレジット直前に杉沢村伝説に関する噂話を語るツイート(あるいはチャット)が表示されるシーンを置き、本編を挟み込む構成により、これがネット発祥の都市伝説であることを強調している。

 

杉沢村都市伝説 劇場版 [DVD]

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中村義洋『白ゆき姫殺人事件』2014年


『白ゆき姫殺人事件』予告編

 

化粧品会社のOLが国定公園内で滅多刺しにされ、燃やされるという陰惨な事件が起きた。テレビ番組の契約ディレクター赤星雄治は、友人の狩野里沙子から電話を受け、被害者の三木典子が彼女の同僚であったこと、社内では城野美姫という失踪中の女性が犯人ではないかと囁かれていることを聞かされる。赤星は好機到来とばかりに周辺人物に取材をし、城野を疑惑の人物Sとして取り上げたワイドショーは大きな話題を呼ぶ。それから間もなくして、ネット上では城野の実名や出身校などの個人情報が流出。彼女を犯人と疑わない者たちのバッシングは日に日に過熱していく……。

 

湊かなえによる同名小説の映画化。黒澤明の『羅生門』(1950年)と同様、信頼できない語り手たちによる証言を重ねていくことで、井上真央演じる城野美姫の歪曲された人物像を浮かび上がらせる。ただし『羅生門』における検非違使、すなわち証言の聞き手を担当するのは、有象無象のネットユーザーたちだ。彼らは事件の犯人と並ぶもう一人の「悪役」として描かれる。そもそも真偽不明な情報を受け取って好き勝手に解釈し、警察や法の判断を待たず制裁を加えていくグロテスクさが強調されているのである。

 

映画の終盤、城野の冤罪が確定すると、今度は誤報を流した赤星が私刑=ネット炎上のターゲットとなってしまう。城野と同じく個人情報を特定され、無数の誹謗中傷に晒された赤星は、「自分が自分でなくなる」という感覚を味わう。この言葉は、城野のモノローグであり、映画のキャッチコピーにもなった「私は、私が分からない」と対応しているが、両者のあいだには僅かな違いも認められるだろう。

 

冤罪であるはずの城野が、知人や友人を含む多くの人間に犯罪者呼ばわりされることによって自分自身の記憶や正気を疑い始めるのは、「ガスライティング」と呼ばれる心理的虐待の典型例である。他方、赤星がネットで批判されたのは、あくまで自業自得であり、事実無根の嘘や誤解にもとづく噂を広められたわけではない。それでもなお、彼が「自分が自分でなくなる」と感じることになったのは、おそらく、これまで自分の一部であったものが失われる経験をしたからだ。

 

映画の序盤、赤星は仕事中にラーメンについて呟いたり、取材で得た情報や個人的な推理、感情なども気軽にフォロワーに共有してしまう人物として描かれていた。このときの彼にとって、Twitterは己の内面を外部化した場だ。他者からの注目や賞賛を期待してはいるが、その行為によって生じる数々のリスクの方はまったく考慮していない。Twitterというウェブ空間を、現実空間から独立したクローズドな世界と認識している。他者の呟きも、自分のモノローグ(独り言)の一部であるかのように捉えている。そしてそれゆえ、城野の冤罪確定によってネットユーザーたちが掌を返し、赤星を攻撃し始めたとき、彼はまるで自分自身に裏切られるかのような、「自分が自分でなくなる」かのような感覚を味わわざるを得なかったのである。

 

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